二人の降谷01

 現在時刻朝6時。まだまだ警視庁の人間が集まる時間ではないのに、警視庁公安部の取り仕切るフロアだけは慌ただしく稼働していた。昨夜の出来事の始末に追われる公安部の人間は皆、表情をどこかに削ぎ落として来てしまったかのような顔で黙々と作業を続けている。

 ある者はひたすら始末書をパソコンで書きなぐり、ある者はひたすら廃車になった車の手配や修理の手続きをし、またある者は秘密裏に動いていた筈の公安の失態を覆い隠すべく翻弄していた。

 誰もが疲れた顔をしながら黙々と仕事に励んでいた時、ふとフロアにコーヒーのいい香りが漂ってきたのだ。

 ───誰だこんな時にコーヒーなんて入れる余裕がある馬鹿は!

 風見は嫉妬も甚だしいその思いを胸にパッと顔を挙げた瞬間、目の前にいたのは若くして警察庁警備局警備企画課に所属するエリート中のエリートである我が上司降谷零が、何故かコーヒーを載せたお盆を片手にこちらをきょとんと見詰めているではないか。

「えっ、ふ、降谷さん!?」

 驚いたのはこちらの方だ。思わず椅子から立ち上がりパッと姿勢を正すと、降谷はどこが面白いのかクスクスと笑いながらコーヒーを風見のデスクの上に置いた。

「ふふ、僕は兄の方ですけどね。コーヒー入れてきたのでどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 普段の降谷からは見られない柔らかい表情と笑顔にドギマギしながらお礼を言う。

「お仕事お疲れでしょう?これ、良かったら食べて下さい」

 そう言って差し出されたのはひとつのチョコレート。大袋に入っていただろうそれは、いつもならなんとも思わない筈なのにやけに今日は輝いて見えた。手のひらに転がったそれを呆然と眺めていると、降谷…いや秋良はパチンと茶目っ気たっぷりにウィンクしながらこう言った。

「疲れた時には糖分摂取が一番ですよ」

「天使か!」

「えっ?」

「あ、いえ、ありがとうございます」

 思わず本音がポロリと漏れてしまった。疲れ過ぎて思っていることがそのまま口から出てしまったようだ。それを疲れだと解釈したのだろう秋良は、どこか申し訳なさそうにしながらもチョコレートの入っている袋からひとつ取り出し「もうひとつ要ります?」と
風見を覗き込んでいた。

 ───もちろん丁重に頂いた。何の変哲もないチョコレートの筈なのにとても甘く感じた上に、給湯室で入れたのだろうコーヒーは、いつもと変わらないインスタントのものである筈なのに、そんな事を微塵も感じさせないくらいいつもよりとても美味しく感じられ少しだけ涙が出た。







 その後、風見は仕事をこなしながらもちらりと周りに目を向けると、自分と同じように周りにもコーヒーとチョコレートを配っているようだった。

 やはり最初皆一様に驚いた表情を見せ、その後秋良の人となりに癒され周りに花を飛ばしながら作業を進める者、天使だエンジェルだ神だと崇め奉る者、優しさに心打たれて涙する者とこのフロアがカオス化した所で、漸く本人…降谷がこの部署に登場した。

「…なんだ?」

 いつもと違う空気に眉を寄せながら自分のデスクへ進む降谷。途中で秋良が降谷が来たことに気が付いたようでその表情がパッと華やいだ。

「ゼロくん!」

 小走りに降谷の元に近寄ると、降谷の表情も険しかったものが少しだけ和らいだようだった。

「ゼロくんもコーヒー要る?」

 お盆を胸に抱えたままそう口にすると、降谷は漸くそこで秋良がみんなにコーヒーを配り渡っていたということに気付いたようだ。

「秋良、別にそんなお茶汲みみたいな事しないで良いんだぞ」

「ううん、いいの。手持ち無沙汰で暇だったから」

 僕が好きでしてるんだ、と微笑む秋良。彼等は本当に姿こそ似てるが表情の浮かべ方はまるで違う、と風見は横目で見ながらそう思った。秋良はどちらかと言うと、降谷がポアロで働いている時に使っているW安室透Wに近い。常にニコニコと笑顔を振り撒く愛想の良い安室に。しかし、風見は今の今まで降谷に兄弟がいた事なんて知らなかったのだ。あの降谷の事だ。上手く隠し通していたということも考えうる。しかし、風見にはひとつだけ引っかかる事があった。

「…………」

 仲睦まじく会話をする二人を盗み見ながら、風見はひとり思考を凝らすのであった…。


 

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