二人の降谷03

「はい、コーヒー」

 ほかほかと湯気の立つコーヒー。給湯室で入れてきたのだろうそれは、いつも家やポアロで入れている物とは天と地ほどの差がある安物のインスタントコーヒーなのに、それでもやはり自分で入れるよりもずっと美味しそうに感じられた。

「ありがとう」

 秋良に礼を言い、ひと口だけコーヒーを飲もうとマグカップを持ち上げる。ふう、と熱を冷まし飲み込めば、安っぽい味なのにどこか温かくホッとさせた。

 疲れた身体に優しく流れ込むコーヒー。一息ついてマグカップをデスクに置けば、どこか心配そうな顔をした秋良がまだそこに立っていた。

「どうした、あっちで休んでて良いんだぞ」

「ううん。僕だけ休めないよ。それに…僕よりゼロくんの方がとても疲れた顔してる」

 細い指がするりと顔の輪郭をなぞったかと思えば、すぐに目の下…恐らく隈があるのだろう…をするりと指が優しく撫でた。

「昨日から寝てないんでしょう?」

 赤井秀一捕縛作戦が失敗し一夜明けたが、確かにあれから一睡もしていなかった。でも徹夜なんていつもの事だし慣れきっているのも現状だ。

「まあ、徹夜なんて慣れてるし大丈夫だよ」

 安心させるように笑って見せたが、それでも秋良の表情はあまり晴れなかった。

「…ふっ、本当に…兄さんは心配性だな」

 揶揄うかのように目を細め、口端を上げてそう言えば、少しだけ目をぱちくりさせた後「その言い方はずるい」と秋良は唇を尖らせた。

 その様子に降谷はくつくつと喉を鳴らして笑う。

「心配性の兄を持つと大変だなぁ」

「心配かけさせるようなことする弟がいけない」

 互いに言い合って、目が合って、そして吹き出す。馬鹿みたいなことを言っている自覚はあったが、それでもそんな他愛のない会話が溜まっていた疲れを吹き飛ばすようだった。

「無理はしないでね」

「ああ」

 秋良に念を押され素直に頷く。それに漸く安心したように秋良は笑みを浮かべると、どこからかひとつのチョコレートを取り出し降谷に差し出した。

「疲れた脳には甘いもの、でしょう?」

 どこにでも売っているお得用パックのチョコレート。降谷はそれを受け取らず、にんまりと秋良を見上げこう言った。

「食べさせて?」

 悪戯に細まった瞳に気付いただろうか。秋良は一瞬だけきょとんとした後、仕方ないなとチョコレートの銀紙を外して降谷の口元に持っていく。

「はい、どうぞ」

 そう言って差し出されたチョコレート。これから何されるか分かっていないのだろう。

「ありがと」

 降谷は秋良の指ごと銜えて指先のチョコレートを舌に乗せるついでに、舌でするりと撫で上げ、更には指を軽く吸い上げてから離した。

 時間にして数秒。それでも指先に残る降谷の舌の感覚に秋良は顔を真っ赤にさせ口をはくはくと開けたり閉じたりしていた。

「ん、甘い。ご馳走様」

「〜〜〜〜っ!?!?」

 してやったりと笑みを深めている降谷を見て、漸く金縛りが解けた秋良は脱兎のごとく給湯室へと逃げていった。


 

top