君に伝えるまでは死ねない

一番最初に名前を呼ばれた生徒、藤宮美月が分校を出てから約40分程の時間が経過した。



男子出席番号21番。
第三の男・三村信史は至急武器のベレッタM92Fを手に民家を転々と渡り歩いていた。



自分より随分先に出発した想い人である美月。彼女を探すべく慎重に民家を一つ一つ確認して行ったが、どうやらお目当ての人物はこの辺りにはいないようだった。



目につく民家は全て一通り確認した。
三村は今いる民家のリビングで一旦頭の中を整理した。


まずは分校前で気を失ったまま倒れていた天堂真弓。目立った外傷はなかったが、どういうわけか彼女の右手には血濡れのサバイバルナイフが握られていた。
一体どういった経緯でそうなったのか、詳しいことはわからないが三村も月岡と同様、天堂がやる気になっているのだと推測して特に彼女に声をかける事もなくその場から足早に立ち去ったのだ。



(早いとこ藤宮と…それに豊のやつも探し出してこんなクソゲームとはおさらばしなくちゃなっ)



美月を探している最中にたまたま民家の一室で見つけたノートパソコン。
敬愛する叔父にコンピュータの基礎を叩き込んでもらった際に知り得たハッキング能力を駆使すれば政府を出し抜きプログラムから逃れる事ができるかもしれない。
いや、それどころか強烈なカウンターをも喰らわす事ができるかもしれないのだ。



――いいか信史。誰かを心から好きになって、そのこに心から愛されるっていうのは悪いことじゃない。お前もいつか、そんな子に出会えればまた世界が変わって見えるさ



ふといつの日か叔父が言っていた言葉を思い出した。
三村が叔父の経営する喫茶店で男女間の揉め事(と言っても相手の女子が一方的に騒ぎ立てただけだ)を起こした際に言われた言葉。
これまで温かい家庭とは無縁の、冷め切った両親の夫婦仲を見てきた三村は恋愛という物に関して多少なりとも偏見を持っており、それ故それに本気になる事はなかった。



しかし2年になり、転機は訪れた。クラス替えがあった。
そこで誰かを心底好きになったことがない男――三村信史は生まれて初めて恋に落ちた。
それもタチの悪い事に、俗に言う一目惚れというやつだ。確かに今回三村が惚れたのは、申し訳ないが今までの女の子達とはレベルの違う美女であった。だが三村とて顔だけで女の子を好きになるような単純明快な男ではなかった。



藤宮美月。彼女はそう、美しいという中にも白い花のように清楚な趣の勝った女の子だった。
美月以外にも同じクラスには他にも目を見張るほどの美少女が後2人いた。
ギリシャ・ローマ神話辺りに出てくる戦の女神のような美貌の千草貴子。
アイドルのように愛らしい容姿で数々の男達の人生を狂わせて来た魔性の女・相馬光子。




千草貴子はともかく、相馬光子は不良達のボスである桐山より悪い噂の絶えない女だ。とてもじゃないが恋愛対象としては見れない(目の保養にはなるが)。
千草に至っては三村好みのタイプだったが、それでもどうしてか美月の前にはどんな美少女も霞んで見えた。



美月を目で追うたびこっちを向いてくれないかな、なんて乙女チックな事を考えたり、授業中に至ってはノートにペンを走らせている最中、はらりと落ちてきた髪を耳にかける仕草に胸が高鳴ったりとまるで恋愛初心者のような反応ばかりする自分に戸惑っていた時期もあった。



はじめて美月と言葉を交わしたのは確かそう、放課後昇降口で、関係を持っていた女子に何故最近付き合いが悪いのかと詰め寄られていた後の事だった。
もちろん好きな女の子ができたからだと正直に言ったが、断るためのウソだと勘違いしたその子に強烈な平手打ちをかまされた。



その後、先にその場にいたらしい美月が申し訳なさそうな顔で姿を現したのだ。



「ごめんなさい三村くん 盗み聞きをするつもりじゃなかったんだけど」



「あー……いや オレの方こそゴメンな。こんな修羅場みたいなとこ見せつけちゃって」



まいったなぁといった風に後ろ髪を掻きながら平静を保ってそう言ったが、突然現れた意中の相手に三村の内心は珍しくも慌てていた。
いつも叔父が口酸っぱく言っていた言葉を思い出す。
――そう、クールにだ。分かってるよ叔父さん。男たるもの好きな女の子の前で醜態は晒せないもんな。



「ううん。それより三村くんは大丈夫?頬に手形の跡がくっきり…」


「大丈夫大丈夫!こーゆうのにはさっ 慣れっこなんだ、オレは。藤宮も聞いたことぐらいはあるだろ?オレの噂」



自分で話を振っておいて何を口走ってるんだと思ったが、生憎もう口から出てしまった言葉をなかった事になどできない。
美月がこくんと小さく頷くのが見えた。



「ええ 小耳に挟んだ事はあるわ」



ああやっぱり。知っているだろうとは思ったがやはり本人の口からそれを聞くとなるとダメージの度合いが違う。
一体好きな女の子となんて色気のない会話をしてるんだと思いながらも、三村がこの場を取り持とうと口を開いた。
しかし――




「――でも三村くんは、自分の中の運命の相手を見つける為に色々な女の子と恋をしてるだけなのにね」




続け様に美月にそう言われ、三村は言葉をなくした。正直その発想は思いもよらない物だったが、もしかしたら彼女の言う通り自分は運命の相手という不明瞭な物を探す為に今まで女の子達と関係を持って来たのだろうかと、本気で思い始めていた。



そして現れた、運命の相手。それはきっと、いや、絶対。
紛れもなくこの目の前の少女、藤宮美月以外には有り得ないだろうとも思った。
こんなにも胸が高鳴るのは、こんなにも彼女について知りたくなるのはきっと。
そう、美月が自分の運命の相手だからだ。








――その日三村は花を持って叔父の墓に訪れた。好きな子が出来たと、報告をしに行ったのだ。
本当なら生きている時に伝えたい内容であったが、生憎既に敬愛する叔父は死んでいる。
もし叔父が生きていて、自分が1人の女の子に一目惚れをし、恋をしているだなんて知ったらどう思うのだろうか。



今となってはそれも分からず仕舞いではあるが、きっと叔父なら――そうか、ようやくお前の心の氷を溶かす女の子が現れたんだな、と言って大きな手で頭を撫でて、優しく笑んでくれるに違いなかった。



(っと 今は感傷に浸ってる場合じゃないな。まずは藤宮を見つけて身の安全を確保する所からだ)



恋に落ちて間もない当初の思い出から、再び現実に意識を戻す。今はまず何より美月を見つけることが先決だった。
時間が経てば立つほど死の危険は高まるし、そうでなくともこのクラスには"特待生"という特攻攻撃部隊の精鋭がいるらしいのだ。
早いところ見つけておかないとこのまま永遠の別れに、なんて事もなきにしもあらず。



(告白もせず死んだりなんかしたら叔父さんに笑われちまうもんな)



勿論三村はこれっぽっちも死ぬ気はないが、そんな彼にももしもがあるかもしれない。
美月と無事再会する事ができたら、その時にはきっとこの想いを伝えよう。
君のことが、心から好きだと。何よりも大切な存在なのだと。悔いの残らないように、しっかりと。




三村は今一度決意を固めると、学生鞄とデイパックを肩に掛け直し出口へと足を踏み出した。



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