不幸中の幸いの幸い
恐怖を振り払って、声を振り絞って、先輩に向かって別れを告げた。
ちゃんと自分でケリをつけなければならない。
跡部さんはそれをわかって言ってくれていたのか。
「調子に乗ってんじゃ……がああっ!」
案の定、納得がいかないと言った顔で反論しようとした先輩だったが、捻られていた腕をさらに捻りあげられてしまった。
うわぁ…すごいひねり具合だ…関節取れないかな…
先輩は苦痛の表情を浮かべながら叫んだ。
「わ、わかった!別れる!もう関わらないから、離してくれぇ!」
先輩は涙目になりながら、今までに聞いたこともないような情けない声で言った。
ちょっと強引だった気がするが、先輩は正統派ではないから、これでいい、のか…?
跡部さんは先輩の腕を解放すると、どこかに向かって声をかけた。
「樺地、この野郎にタオルを渡してやれ」
「ウス」
跡部さんの視線の先を辿ると、そこには樺地君と呼ばれる大柄の男の子が、手に白いタオルを持って立っていた。
まさかあの人に言われた事をちゃんと守るとは、なんて律儀なんだろう。
樺地君はその場にへたり込んでいた先輩に、白いタオルを差し出した。
「そいつは返さなくていい。お前から返されても受け取る気になれねぇからな」
「ぐぬぬッ……」
「それともう一つ。さっきの約束はちゃんと守っておいた方が身のためだぞ。もしコイツの身に何かあろうもんならこの生徒会長様が黙ってねぇからな。」
「うっ…!言われなくてもこっちから願い下げだ、そんなブス女!二度と関わるもんか!このブス!ブース!」
腕を捻り上げられたせいか著しいボキャブラリーの低下を見せた先輩。樺地君の手から乱暴にタオルをひったくったあと、一目散に去って行ってしまった。
なるほど、後で痛い目見せてやるぜ!って思われてたんだな!でも無理もない、先輩はプライドの高い人だから!いやぁ〜跡部さんが生徒会長で救われたな〜私も!
なんて呑気な事を思いながら、手足の震えが止まらない。
もちろん怖かったって言うのもあるが、これは安堵の震え。
私はもう、あの人に手首を握られることも、化粧をすることも、強要されないんだ。
あの人に縛られる事なく、私は私らしく、自由に生きていける。
そうだと実感した時、ずっと強張っていた体から力が抜けた。
足に力が入らなくなってしまい、その場に座り込むと、跡部さんがこちらに近寄ってきた。
「おい、大丈夫か?」
「あ…大丈夫です、ありがとうございます。あの、すみませんがちょっと1人にしてもらってもいいですか?えっと…このお詫びは後日」
「あのな。そんなボロボロの状態で1人にできると思うのか?」
「えっ、何がですか?」
「びしょ濡れじゃねーか。」
「ああ、ほんと…びしょ濡れですね。あはは、はは…あ、おかしいな…ぐ、うっ」
自分の今の状態に笑ってたら、目頭が熱くなって大量の涙が零れてきた。
耐えきれず泣いてしまった。だから1人にしてもらいたかったのに。でもこんなびしょ濡れの人を放って置いていく訳には、いかないか。
私が跡部さんの立場なら、きっとそうする。
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わらびもち