不幸中の幸いの幸い
付き合い始めの頃の先輩はこんな人ではなく、今とは比べ物にならないくらい優しい人だった。
本当に、不自然なくらいに。
先輩は私と付き合ってすぐ、化粧をするよう提案してきた。
『キミはもっと綺麗になれるから』と。
私は今のままで全然良かったのだが、先輩がどうしてもと、なかなかにしつこく言うもので、だからお母さんに頼んで化粧してもらう事にした。
好きな人でもできたの〜なんて言われたけど
その時は別に、好きだからお化粧するんだ!っていう感情はなかった。
しつこかったから仕方なくした。が正しい。
だんだんと好きになっていく。とかいう過程もなく付き合う事になったから、そんな感情は抱いてなかったんだろう。
私の顔に合う化粧をお母さんに施してもらってから学校に行くと、先輩は喜んでくれた。
喜んでくれて悪い気はしなかったが、面倒くさいというのもあるので、化粧はこれっきりにすると言うと、『やっと僕の彼女として綺麗になったのに』って残念そうに言われた。
何気に毒を吐かれたとも思ったけど、一応彼はお坊ちゃんな身でもあるので先輩の彼女になるからには化粧するのが相場だと、そういうもんなのか〜と軽く思った。
それから、化粧をしていかない日はなかった。
何度もお母さんのコスメを借りるのは悪いので、貯金してたお小遣いを使ってコスメを買い揃えて、雑誌や動画を見て化粧の勉強も頑張った。化粧してたら嫌な顔をされる事もなかったからだ。
そのうちに、一度だけ、体調が優れなくてすっぴんのまま学校へ行くと、先輩にこっぴどく怒られた。
『こんなの名前ちゃんじゃない』と。化粧してもしてなくても、私は私なのに。
自分自身を否定されてるみたいで悲しかったけど、先輩の彼女ともなるといつ何時も身なりに気を遣わなきゃいけないんだと、自分を責めた。
先輩に釣り合うように努力して。先輩に怒られるたびに、自分ばかり責めるようになっていって。
ああ、私はなんのためにこんな思いして、いつまで化粧して生きなきゃいけないのか。こんな生き地獄、もうたくさんだと。
そういえば付き合ってから毎日、学校にいる間は出来る限り先輩と行動を共にしてた。
周りは美男美女カップルだなんて褒めたりしてくれて、先輩はその優越感に浸るのが好きみたいだった。
私は、こういうのは恥ずかしいから校内ではあんまり一緒に行動したくなかったんだけど、断ったら結構強めに怒られるから、逆らえなかった。
それをよく思わない人だっているのに。
先輩、みんなの前ではすごく優しくていい人なので、好意を抱いてる女の子は少なくない。
今のところはその子達から嫌味や陰口を言われたりしてるだけで、意地悪をされてないだけまだマシだが。
いや、こちらとしてはそのまま先輩のこと奪ってってほしいくらいなんだが!!
なんて思う自分がいた。先輩に冷めてるって、もう別れたいんだってわかってたのに。
言ったら逆上されるんじゃないかって怖くて、先輩に従ってばかりなのに、別れたいなんて言えるわけがなかった。
告白をされたあの時にOKしなければ、もっと強い心を持ってれば、こんな毎日じゃなかったんだとつくづく後悔しっぱなしだ。
本当は先輩に告白された時、すぐには返事をしたくなかった。だって、あんな、初対面で告白なんて、即レスできるわけない。
まずはお互いを知ってから、慎重に慎重に……
とは、思わせてくれなかったのが先輩。
私の教室に来て、友達の前で、たくさんのクラスメイトが居る中で、告白をしてきてたからだ。
今思えば、大それた事をされたもんだ。あんな公衆の面前で、わざと断れないような状況作ってくれちゃって。
まず初対面でそんなことするか?付き合ってる状態でサプライズプロポーズする分ならいいものの『一目惚れしたんだ。僕と付き合ってくれないか?』ちゃうわ、ありえへんやろ、ここまで呼び出してくれた城之内さんのお心遣い見習えや。
「お前ほんまいい加減しろ!!」
今までのストレスが走馬灯のように脳内を駆け巡った私は、気付くと先輩に向かって叫んでた。
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わらびもち