知己
それは、いつもの朝食の場でのことだった。不意に、首領殿が切り出してきた。
「ファリーナ、今日は俺と一緒に出かけようか」
「……お出かけ、ですか?」
どこに…順当に考えて、この森がある帝都だろう。
「ああ。俺が案内するよ」
「わかりました」
すなおにうなずく。人のいるところはまだ慣れないけれども、この帝都には興味があった。
一人では出歩く勇気もなく、輿入れした時からここを離れたことはなかった。だから、いい機会だろう。
そう思うと、ワクワクしてきた。
「……ん?おや、懐かしい客人だ」
首領殿が何かに気づいて顔を上げてつぶやく。
「どうか、なさったのですか?」
たしかに気を巡らせてみると、結界にゆらぎが感じられる。懐かしい気配…これは。
その正体に気づいて、緊張が走る。
「君も気づいたかい?ルードと梓が来たようだ」
「ええ…そうですわね。わたくしは、お茶の準備をしてきましょう」
「ああ、よろしく。…残念だけど、今日出かけるのは中止だね」
「わかりましたわ」
あごを引いて了承する。
すこしだけ、手が震えた。中止になったことを残念に思う余裕などなかった。
…正直言って、複雑だ。
幼馴染としてはもちろん、会いたい。…けれど、好いた人としては……会いたくなかった。
いま、あってしまったら、この微妙な均衡が崩れてしまうような気がした。
人知れず、つばを飲み込む。
それからの食事は緊張のあまり味がしなかった。
「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。ダリウス様、ファリーナ…様」
昔は呼び捨てにしていたのに。と、思った。けれど、生真面目な彼のことだから、首領殿の奥方としての自分をみてそう呼んだだけなのだろう。
「会いに来てくれただけでも、嬉しいよ。ルード」
ふたりが挨拶を交わしている間に、茶器の用意をする。
「あ、あの…私もしましょうか」
ルードが連れてきた女性が、言う。
「いえ、客人にさせるようなことではございませんので…ありがとうございます」
「いえ…あの…その……すごく、おきれいですね!」
きょとんとした。何が綺麗なのだろうか。
「ふふっ…そうだね、俺の奥さんはきれいだろう?」
首領殿が返したことで、合点がいった。とたんに、うろたえてしまう。
「そんな…梓さん?も、素敵なお方ですよ」
ルードに見初められたお人なのだ、きっと、わたくしなんかよりも何百倍も素敵な人に決まっている。
茶器の用意が終わった。なんとなく手持ち無沙汰になる。
「ファリーナ、俺の隣に」
「…はい」
すとん、と首領殿の隣に座る。
「ファリーナ様…久しぶりですね」
「そうですわね…ルードもずっと見ないうちに……その、見違えるようです」
なにより、瞳に宿る力が違った。そのことに、嬉しいと思うと同時に、寂しく感じる。鬼の里は彼にとって一番の場所にはなり得なかったことを。
彼にとっての一番の場所は…きっと、彼女の隣なのだろう。
「ありがとうございます。…ああ、こちらの人はファリーナ様も存じあげていらっしゃるでしょうが…」
「龍神の、神子様、の高塚梓さんですわね。よろしくお願いします」
ゆるゆると頭を上げる。
「も、もう、龍神の神子じゃないんです」
慌てて、あずささんが否定する。ルードがそのあとを引き継いだ。
「はい。今は私の…恋人です」
「……仲がよろしくて、羨ましいですわ」
本当にそう思う。
そして、ルードがそう断言したことに驚きと、喜びが湧き上がる。そう言える存在がいるということは、なによりも彼の支えになるだろう。
「ダリウスもファリーナさんも…互を気遣い合っていて、すごく、理想的な夫婦です!」
「ありがとう。まだまだ、いたらないところがあって、申し訳ないと思ってしまうのだけれど…」
「俺にとっては最高の奥さんだよ。よく気がつくし、よく働いてくれる」
「いいなぁ…」
うっとりと、梓さんがいう。
その姿に、少しだけ胸が痛む。
そんなんじゃないのよ、と否定したくなる。
わたしくしたちの関係は人から羨ましがられるようなものではない。もっと…よそよそしいものだ。
困って、眉尻を下げる。
「本当に、御成婚、おめでとうございます」
「ありがとう」
ルードの声がなおさら、いっそう後ろめたさとひりつく胸の痛みを感じさせた。
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