お裁縫の時間


 食事を変えてみたが、特段変わった変化は見られなかった。森から採れたたけのこと山菜料理には興味を惹かれたようだけれど、変わった様子が見られたのはその一回のみだった。

 山菜や野のものが好きなのだろうか。

 けれど、春もいくぶんか過ぎ去った後。山菜は育ちきってしまって、採れたとしてもわずかしか上がらない。それでも諦めきれず、庭に出てみることにした。

 花は好きだ。首領殿も花を育てるのが好きなようだ。その点では気が合うかも知れない。今夜の夕食の話題はそれにしてみようか。
 あれ以来、ポツリポツリとだが話してくれるようになった。美味しい会話は美味しい食事から。もうすこし、彼の好みを研究してみよう。

 決意を新たにしながら、ふうと深呼吸する。清廉な森の空気はひどく心地がいい。

「っと…」

 他人の気配がして振り返る。
 そこにはこの館の主人でもある首領殿が所在無さそうに立っていた。

「…ダリウスさま」

 驚きに声を漏らす。そうだ、こんなところであうのは何ら不思議ではない。だのに、ひどく動揺している自分がいた。

「ファリーナ殿…」

 むかしの癖だろうか、敬称をつけて呼ばれる。動揺しているのは向こうも同じなのだと知ると、なぜだかひどくホッとした。
 ああ、この人も驚くことがあるのだな、と。

 気を取り直したのか、首領殿がこちらに来ようとする。…と、その時、耳障りな音がした。
 布が裂けるおとだ。

 よく見れば、首領殿のマントが裂けてしまっている。
 何かに引っかかってしまい、思い切り引っ張ってしまったようで、盛大に破れてしまっていた。

 見ていられず、つい声をかける。

「あの…マント貸してください」

「え?」

「わたくしが、繕いますわ」

「……あ、ああ、そうだね。ありがとう」

 その申し出が予想以外だったのだろうか、一拍遅れて返事が来る。

「気にしないでください。これも、わたくしの、お仕事でございますから」

 半ば奪うようにマントをむしり取る。その乱暴な手つきに驚いたのだろう、さっさと、館の中に入るファリーナを呼び止めるということはされなかった。

 …だって、いいや、結構だよ。なんて言われたら、立ち直りようがないもの。
 それなら、強引なれども、返事を聞かずにさっさと奪ってしまう方が何倍もましに思えたのだ。

 丸めた布からは、首領殿の匂いがする。そんな当たり前なことに、はっとしてふるふると頭を振った。

 何を動揺しているのだろう。

 これは、嫁としての義務。そこに気持ちの介入はいらないものだ。

「…さっさと、片付けてしまいましょう。いつまでもマントがなかったら困りますものね」

 呟いた。

 彼の群青色のマントからは、ドキドキするほどに彼の匂いがして、うっかり指をさしてしまったが、その日の夕方には返すことができた。

「ありがとう。なんだか、悪いね」

「いいえ、お気になさらず」

 事務的な会話でも、言葉を交わすということは、気持ちに触れ合うこと。
 ぎこちない二人はゆっくりと、ゆっくりと近づいていこうとしていた。

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