実家に帰らせてもらいます
「…なんだかさぁ、ダリウスさん、ファリーナさんに冷たくない?」
「そんなこと…ありませんわ」
俯く。
「ほんとうに?」
「ええ…よく、してもらっています。機嫌を損ねているのは…わたくしがいたらないからですわ」
「やっぱり。機嫌損ねてるんだ」
「あ…そ、そんなことありませんわ」
「ねえ、ファリーナさんはダリウスさんになにしたの?」
狭量な人ではないから、さっさと謝ってしまったらいいよ。
「なんども…謝ろうとしているのですが……許してくれないのです」
「なにそれ、ひどい」
「当然ですわ。だって…大事にしていた花壇を押しつぶしてしまったんですもの」
「花壇…?潰れていたかなぁ」
あちらです、と手で指し示す。
「あらら〜本当だ。ちょこっとだけ潰れてる」
「でしょう?ですから、わたくしが悪いのです」
「でもさぁ」
「でももしかしもねえよ。おら、コハク。人様の事情に首突っ込むんじゃねぇよ」
「う〜…今日のところは帰るね。またあした」
ひらり、と手を振ってコハクさんと政虎さんが帰っていく。
「………」
それにちょっとだけ手を振り返し、ため息をつく。
ほんとうに、どうしようか。
***
今日も茶器の用意し終え、さて…と目線を巡らせたら、首領殿とバッチリ目があった。その目は、用が済んだなら出ていってほしい、と言っていた。
それに従おうと、足を向けると、コハクに呼び止められた。
「ファリーナさんも、一緒にお話しようよ。ね、いいよね。ダリウスさん?」
「…ああ、いいよ」
「明日は梓さんとルードくんもやって来るって!」
「そうかい、それは楽しみだね」
「そういえば、ファリーナさんはここに来たばかりなんでしょう?ダリウスさんに案内してもらった?」
「…え、あ…まだですわ」
バタバタしていて。
「えーそれはもったいないなぁ。ダリウスさん、こんな綺麗な奥さんなんだから、みんなに見せびらかしちゃえばいいのに」
「みせびらかすなんて…そんな」
「あ、いやだった?ごめんね、でも、もったいないなって思うんだ。だって、あなたの笑顔はとても綺麗だから」
飾り気のない褒め言葉が、いちいち胸に突き刺さる。顔を赤くして、俯く。昨日とは逆に、いたたまれない。
「コハク」
「あ、なんなら、近いうちにおれのいる一座で興行があるんだ。一緒に見においでよ。歓迎するよ」
「興行…素敵ですわね」
大道芸人は鬼の里は来ない。一度だけ、人の里に降りたとき、目にしたことがあるが…是非とも見てみたい。
「そうでしょう?」
「ファリーナ。下がっていなさい」
「…もう、おれはファリーナさんと話しているの。それともなに、奥さんを独り占めしたいの?そうじゃないでしょう。ダリウスさんはそんなことしていない……ただ、八つ当たりしているだけだよ」
「あの…」
空気がどんどん険悪化していく。
「ごめんなさい。コハクさん、わたくし、忙しいので…」
止められる前に、逃げるようにして、立ち上がる。
「おれに手伝えるようなことがあったら手伝うよ。…ダリウスさんとは一緒にいたくないから」
ところが、コハクさんもついてきてしまった。
「もーほんとうに、なんで機嫌悪いんだろう。ファリーナさんも怒ってもいいんだよ」
「でも…」
「だって、見るに耐えられない。ファリーナさん…ちっとも幸せそうに見えない」
おれが、幸せとか結婚とかを語るのは間違っているのかもしれないけれど…、そう思うんだ。
「ね、いっそのこと、実家に帰りますってできないの?今のダリウスさんには時間が必要な気がするんだ」
「実家…鬼の、里にですか」
そういえば、一度も里帰りしていない。それは、まだ数ヶ月しか経っていないからだ。
「そ、鬼の里」
「それも…いいかもしれませんね」
手紙もやり取りしていない。そう思うと、急に里心が沸き起こる。
病弱な母は元気にしているだろうか。厳しくとも、愛情を持って接してくれた父は…、寂しがってやいないだろうか。
「よし、そうと決まったら、里帰り、しよ?」
それに、嫌だと拒否することができなかった。
***
すう、と息を吸い込む。
…帰ってきてしまった。
コハクさんは一人で大丈夫かと心配していたが、部外者が入るのは嫌われるだろうということも熟知していて、蠱惑の森で別れた。
「ただいま…おかあさま」
「ファリーナ…どうしたの?急に帰ってくるなんて」
「その…急に帰りたくなっちゃって」
「そう……いつでも帰ってきていいのよ。だって、ここはあなたの家だもの」
「おかあさま。手紙も出さずに、ごめんなさい」
「いいのよ…痩せたわね」
目を眇めて、わたくしを見つめる。
そういえば、首領殿と食事をともにしなくなってしまってから、まともに食事を取っていなかった。…ひとりで食べる食事はひどく味気ないものだったから。
「さ、ゆっくりしてらっしゃい」
「うん……」
あえて、首領殿については聞かないでくれている、それがひどくありがたかった。まさか、謝ろうとしてもそれすら許してくれないから、拗ねて帰ってきたなんて言えない。
久しぶりの鬼の里は、ほんとうに穏やかだった。おもえば、異国で住を移してから、六年…ここにようやく戻って来れても、ほんの短い間しかいられなかった。…すぐに、婚姻してしまい蠱惑の森に引っ越してしまったから。
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