ただいま、戻りました


 里に帰ってから、数日が経過した。
 首領殿からの動きはない。

 里の暮らしは穏やかで、人と人との触れ合いがしみじみと暖かった。

 けれど…言葉の端々から、わたくしたちを案じる気持ちが見え隠れして、いたたまれない。

「ファリーナさま…今日も遊んで?」

「わかったわ。今日はなにして遊ぶ?」

 呼びかけられて、顔を上げる。
 ぱあっと顔を輝かせてわたくしのそばに駆け寄ってくる姿はとても愛らしい。

 この子は、ルードの妹だ。

「わたし、嬉しいです」

「どうして?」

「だって、お姉さまができたみたいで…いけないことでしょうか?」

 こてん、と首をかしげる。もしかしたら、本当に姉妹になっていたかもしれない。けれど、その未来はもう既にない。

「うれしいわ。わたくしも、妹ができたみたいで…」

「ほんとうですか?うふふ、お姉さま、大好きです」

「わたくしもよ」

 笑い合う。

 穏やかな時間は、ゆっくりと過ぎ去っていく。

 けれど、心のどこかで、このままではいけないと警鐘を鳴らす自分がいた。
 けっきょく、十日間ほどで、蠱惑の森に帰ることにした。

 一度、離れて、気持ちの整理がついたのかもしれない。不安に思うことはあったが、それでもやるしかないのだから。もう、後には戻れないのだから。

「もう、お帰りになられてしまうのですか?」

「ええ、そのつもりよ。また、遊びに来るから、寂しがらないで、ね?」

「はい…また、また……その、遊びに来てくださいませ!」

「ええ、そうするわ」

 小さな、頭を撫でる。

 ルードとそっくりそのままおなじ髪質のそれを、手に感じた。

「………。本当に、戻ってもいいのかい?」

「お母さま、これは、もう、決めたことですから…」

 心配なさらないで。

 そう、微笑みかけるものの、心配そうな顔は晴れない。

「お父さまも、心配なさっておいででしたよ」

「そう…お父さまは今日もお仕事?」

「ええ、こんな時ぐらい、見送りに来てくださったらいいのに…」

 初めて、お母さまがお父さまのことで文句を言うのをきいた。

「どうしたの、そんな顔して…?」

「だって、お母さまがお父さまのことでそんなふうにいうの初めて聞いたから…」

「わたしだって、文句は言いますよ。いいえ、不満がない男性などいやしないのです。あなたは、何でもかんでも溜め込みがちだけれど…たまにはこうして、吐き出してもいいのよ」

「うん……ありがとう、お母さま」


***


 十日ぶりの蠱惑の森は、初めて見た時と何ら変わりなかった。
 潰してしまった花壇を見れば、もうその名残はなかった。

(少しだけ…雑草が増えたかしら?)

 お仕事が忙しくて、庭仕事をする余裕がなかったのかもしれない。
 抜いてしまおうか、とも思ったが、勝手に手を出して機嫌を損ねられてしまうのも困る。だから、その場は見逃した。

「ただいま、帰りました」

 ひとつ、声をかけてみる。既に、結界にゆらぎが入っているから、気づかれているのだろうけれども、要は気分の問題だった。

 緊張に、声が固くなっているのが自分でもわかった。
 しん、としている。

 物音ひとつしない。

 出てきて、迎える気にもなれないのだろうか。

 すべては、勝手に出て行ってしまった自分が悪いのだけれども…、少しだけがっかりした。

 気を取り直して、館に入る。

「………」


***


 唖然とした。

 なにがって、厨房の惨状に。

 まるで、盗人に漁られた後のように、何一つとして、あるべきものがあるべき場所にない。

(そういえば、お食事のことなど…何一つ配慮していませんでしたわ…)

 さぞ苦労しただろう。

 腕まくりして、散々な状態の厨房を見回す。ため息がつきそうになったが、これも、自分が役割を放棄した結果なのだから、仕方があるまい。

 しばらくして、夕食の時間になった。

「………」

 とりあえず、食卓に並べてみたが、一向にやってくる気配はない。

「……」

 気持ちが沈む。
 けれど、……。

 椅子から立ち上がった。

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