舞踏の誘い


 幼い頃と関係性が変わることは至極当然のことだ。
 ただ、わたくしがその変化についていけていないだけ。

 …どうして、無条件に信じていたのだろう。

  ともがら でいられると。いずれ、わたくしとルードハーネは婚姻を結ぶ。これは、生まれた時から定められていた。いつからだろうか、ルードハーネの未来の花嫁から、未来の首領の奥方とみられ呼ばれるようになったのは。
 どちらも同じ意味なはずなのに、どこか、別の含みをはらんでいるような気がした。

 わたくしは、ルードハーネが好きだ。
 いずれ婚姻する相手と言い含められてきた相手なのだ。それだけで、特別な目で見るというもの。
 言葉を交わし、手を取り合い野辺に出ているうちに、いつしか、ルードは私の旦那様となられるお方なのだと、朧げながらも、わかってきたように思える。

 それからだ。意味のわからないまま受けてきた授業に意味を見出したのは。…ルードの傍らに経つのに恥じない奥方となられるための教育なのだと。

 それからというものの、身を入れて授業を受けるようになった。その厳しい授業のおかげて、鬼の能力を扱えるようになったのだ。

(だからでしょうか、ルードが喜んでくれると思ってしまったのは)

 彼のために覚えたものだったから。けれど、それは彼の自尊心を傷つける結果となってしまった。

 そのことに、後悔の念しか覚えない。

 過ぎたことは仕方のないこと、そう諦めながら、山へとつながる道を歩く。山は里の外だ。
 あれから随分たって、成人の儀を昨日受けた。普通より一年ほど早いけれども、いまのわたくしの力量と品行方正を鑑みてこのような結果となったのだろう。

 大人と認められて、里の外に出る許可を頂いた。

 春。

 春は命の季節。そこここから新しい命の芽生えが見える。いま、わたくしは若菜摘みに山に来ていた。

 無論、怨霊に備えて気を張るのを忘れてはいない。

 ひとりきり、静かな森の中は気持ちが良い。
 傍らに持っている篭の中は山菜でいっぱいだ。しゃがむことを繰り返していた体は、心地の良い疲労感で満たされている。
 あんまりにいい天気にふう、といきを吐く。その時。

「グギギ……」

 怨霊が現れた。やせ細って骨ばかりが浮き出た肢体。飢えにより下腹が膨れている。そして…骨が浮き上がった手に持つ出刃包丁。
 餓鬼だ。
 唸り声を上げて、出刃包丁を振りかぶってくる。

 その速さに目を奪われる。
 怨霊と対峙したのはこれが初めてではない。初めて怨霊と遭遇する危険が有るのならば、ファリーナを一人にはしないだろう。しかし、ファリーナは他大多数の里のものたちと一緒に怨霊を退治した。
 だから、里のものもひとりでも大丈夫たと思ったのだろう。
 けれども、圧倒的に戦いの経験がないファリーナは間合いを詰められて包丁を振りかぶられてしまう。
 結界を張るのも忘れて目をつぶってしまう。
 来るべき衝撃を想像して身をこわばらせる。

 けれど……。

「グギャァァッ!」

 耳障りな悲鳴が耳をつんざく。
 けれど、想像していたような痛みは走らない。不思議に思い恐る恐る目を開ける。
 まず目に入ったのは…、だれかの後ろ姿だった。若い、青年の後ろ姿。陽の光にきらきらと反射しているそれは鬼の色…金色だった。
 おそらく、里の誰かが助けてくれたのだろう。

 しかし、危機はまだ脱していない。まだ怨霊の姿がそこにあった。彼が何かをしたのだろうとは思うが、それは致命傷にはならなかったようで、未だ耳障りな悲鳴を上げている。

 ここでの用はもう済んでいる、さきほど怨霊に襲われかけてしゃがみこんだ拍子に篭からいくつか山菜がこぼれてしまってはいたが、さほど影響はなかった。

 まずは自分たちの安全を確保しなければ、と心を落ち着かせる。

 私たちを守る結界を…――。

 能力を使った反動で少し力が入らないが、これくらいなんともない。

「…驚いたな、一瞬でこのような結界が張れるとは」

 それに気づいた彼が何事かつぶやいたようだったが、いまだしゃがみこんでいるファリーナには聞こえなかった。
 安全を確保したのを確認したのか、彼が振り返る。

 それは、知った顔ではあった。ただし、言葉を交わしたのは数える程しかなかったが。顔は覚えているのだが、名前が出てこない。

「ファリーナ様、お怪我はございませんか?」

 すっと、手を差し出される。

「ええ、大丈夫」

 しかし、わたくしはその手を無視して、一人で立ち上がる。殿方にむやみに触れられてはいけないというのを思い出したのもあるし、よく知らない他人であるということもあった。

「危ないところを助けて下さり、ありがとうございます。……」

 やはり名前が出てこない。

「ダリウス、と申します。ファリーナ様」

 それを察したのか、自ら自己紹介をしてくれた。

「ああ、ダリウス殿」

 思い出した。首領の血を受け継ぐ分家の末子だったか…。首領の血を引いているとは言え、未来の首領の奥方となるファリーナとは身分の隔たりがあった。

「はい。ファリーナ様、お屋敷までお送りしましょう」

「…ええ、そうですね。お願いします」

 山菜の篭を持ち直すとダリウスが手を差し出した。持つ、ということなのだろう。けれど。

「大丈夫ですわ。ありがとう、ダリウス」

「女性に物を持たせて私だけが手ぶらにさせてしまうのですか?どうか、男の面目を保たせてはくれませんか」

「……そうね、お屋敷に着くまで、お願い」

「承りました」

 仰々しく、篭を受け取り先導していくダリウス。先に行っているとは言え、わたくしの歩幅に合わせゆっくりと歩いてくれている。
 その心遣いに気づきながらも何も言わずにふたり、帰路をたどった。

- 4 -

*前次#


+誤字報告、コメントお気軽にどうぞ。更新催促大いにしてやってください+
ALICE+