吐息


「はあ……」

「ダリウス様、どうなされましたか?」

 ため息をつくとは珍しいですね。

「ルード、いや、これから先の事を考えると、少し憂鬱でね」

「まさか、うまくいかなかったのですか?」

「いいや万事順調だ。里で先延ばしにしていたことから、とうとう逃れられないようだ」

 目を閉じて、椅子に身を預けるダリウス。困りきった様子にルードハーネは目を瞬かせた。

「どういうことでしょうか?」

「俺の結婚の日取りが決まったそうだよ」

「…は?」

「相手は…ルードも知っているだろう?ファリーナ殿だよ」

「それは、おめでとうございます。ですが…結婚の日取りが決まったにしてはいささか憂鬱そうですね」

「そりゃあ、すべてがすべての夫婦がルードと梓のようにはいかないさ」

「め、夫婦など…!私たちはまだ、そのような!」

「ははは、ルードたちの仲の良さは俺の耳にも入ってきているよ」

「か、からかわないでください」

「からかってなんかいやしないさ。ただ…羨ましいよ」

「ダリウス様……ファリーナとは古くから知り合っていますが…かのお方ならきっとダリウス様の助けとなられましょう」

「それはわかっているさ…」

 この縁談は双方にとっていいこと尽くめであることなど。ただ、向こうはダリウスのことをどう思っているのか…けっして、良い方には感じていないだろう。

(なにせ、ルードとの婚姻を邪魔して、首領の座を横取りしたように感じられているのだろうな…)

 うまくいく、自信がなかった。

「ファリーナを迎える準備は私がしてもよろしいでしょうか?従者を辞めた者がするには差し出がましいでしょうが…彼女の趣味などは私のほうが、よく知っているかと思います」

「ああ、お願いするよ。ルード」

「かしこまりました、ダリウス様」

 好感度が低い状態でも最後には商品を買わせたこともある。無論、双方納得した状態でだ。
 その時と同じように言葉を尽くせば、生活に困らないだけのやりとりはできるだろうか。

(まいったな…)

 ダリウスは、手元に有る手紙にもう一度目を通して、記されている名前に目を留めた。
 婚姻の相手となる、ファリーナの名前に。


***


「…そうですか」

 ダリウス様の革命が成り、一族の者は里に戻ることがかなった。すでに四年の歳月が経っていた。それだけの時間は、ファリーナにとって長く有り、短くもあった。
 新たな隠れ里でははじめの方こそ忙しなかったものの、それが落ち着いてしまえば、もう、故郷で過ごしていた時と変わらなかった。

 ただ、違うのは、そう遠くない未来に、ダリウス様の婚姻を控えているということ。考える時間はたくさんあった。

 そして、ひとつ思い出したことがあった。
 
 ファリーナと、ダリウスが初めてであったのは、先の首領の館で催されていた宴の場だった。
 しかし、じぶんとダリウス様の立場は差があった。次期首領の奥方になることが定められているファリーナと、首領の血をこそ引いてはいるものの、分家の末子であるダリウスは年上であろうとも謙る側であった。

「――ファリーナ殿、今宵は良き宴日よりでありますね」

「そうですわね、ダリウス。なかなかない機会ですもの、よく楽しんでいらっしゃって」

「はっ」

 深々と頭を下げた彼の頭髪が、篝火の灯りによく映えていたの覚えている。

 この宴は、ファリーナが初めて一切合切を担った。次期お館様の奥方として過不足ないことを表明するための試験のようなものだ。結果は、大好評。朝早くからずっと働き詰めだった、体がその評判にホッと安堵した矢先のことだった。

「…しかし、ファリーナ様はこんなにもよくできたお方なのに、それに加えてルードハーネ様はなぁ」

「首領の御子息であられるのにも関わらず、能力を扱うことができないとは…」

「まっこと、残念であられる」

「ファリーナ様も不憫であられるのう。出来の悪い者に嫁がされて」

 怒りに、血の気が引くのを感じた。
 今にも怒鳴り込んでやりたいのをグッとこらえた。いま、わたくしが乗り込んだとしても、あとで嫁に庇われる情けない奴だと言われるのだろう。それを考えると、本当に今自分名乗り込んでもいいのか迷う。
 ただ、純然たる怒りが我が身を支配していた。
 そこを通り過ぎ、彼らの輪に入ったのはダリウス様だった。

「おお、ダリウス。良いところに来た」

「さあさ、飲みかわそうぞ」

「ありがとうございます」

「…して、お主はどう思う?」

「どう、とは?」

「それはもちろん…ルードハーネ様のことじゃ」

「次期首領として若いながらも努力していると思いますよ」

「……む、つまらぬな」

 それから後のやりとりは人に呼ばれてしまったため聞くことができなかったが、擁護してくれた人は珍しかった。だから、ダリウス様とルードが仲が良いと聞いたときはほんとうによかったと、安堵したものだった。
 なのに……。

 やはり、彼はわたくしに取って良い印象にはどうしてもならない。

 いつの間にか止まっていた縫い物の手を進めながら、そうおもった。

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