お食事の時間
いくら、意に沿わない婚姻といえども、その役割を放棄するのはファリーナの矜持が許さなかった。
首領殿が望もうと、望まなかろうと、それがわたくしに与えられた役目。
朝早くから起き、館の掃除をする。勝手がわからなかったが、すべてわかりやすい所に置かれていた。そんなところにもルードの残滓を感じ、複雑な心持ちになる。
几帳面な彼らしいと思うと同時に、辛くなる。
部屋の調度品もファリーナ好みだった。きっと、ルードが選んだのだろう。
…いいや、そのように邪推するのはよくない。けれども、どうしても思ってしまう。
ルードのお嫁さんでいれたらよかったのに、と。
もう、幼き日々の無邪気な時間ではいられないのだと悟っていながら、心はいつまでも子供のようにわがままだった。
初めて顔を合わせての朝食は、ただ、ひたすらに遠い。そう思った。それは物理的な距離もあれば、心の距離もあった。
ただ、静かに食器の触れ合う音がする。里から同道してきた、使用人は困惑したように私たちを見比べている。
そんな視線を煩わしく思いながらも、勝手に口角はあがる。それは、私なりの意地だったのかもしれない。
「…ここは、静かなところですね」
「……あ、ああ。前までは騒がしかったんだけどね…、このような時間はひどく、久しぶりだよ」
しみじみと吐き出す。まるで、前の方が良かったとでも言うように。けれど、私にはどうすることもできない。
気を取り直して質問する。
「そうなのでございますか。…龍神の神子さまは、どのようなお人なのですか?」
「…そうだね。俺の口からは優しい子としか言えないかな」
「龍神に選ばれた特別なお方だからこそ、素晴らしいお人なのでしょうか」
「ふふっ。…そうだね」
可笑しそうに首領殿が笑う。
「そのうち、ルードと龍神の神子…今はただの梓に会うことができるよ」
「ぜひ、梓さんともお話したいです」
目端を和ませる。
…思ったより、話しやすい人なのかもしれない。
そして、恐る恐る聞いてみる。
「…お食事は、口に合いますか?」
「ああ。とても…美味しいよ」
「それは良かったです」
うそつき、と言いたくなるのをぐっとこらえた。だって、目が態度が、ちっとも満足していないって言っているじゃない。
私の作った食事は残念ながら、首領殿のお眼鏡には叶わなかったようだ。
そのことに対し、わずかながら落ち込んでしまう。
「ごちそうさま」
気を取り直している間にそういって、どこかへ去ろうとしている首領殿。首領としての仕事の他にも、古美術商をしていると聞いたことがある。それ関連のことで忙しいのだろう。
呼び止める、という選択肢もあったけれど、やめた。呼び止めたとて、何も話題がない。それに、私自身の食事も済んでいなかった。
ほんの少しだけ近づけたのかもしれないと思えたのは、錯覚だったのかもしれない。
難しい…と、思った。
ルードの時にも常々思っていたことだけれども、男の人というものは不可解でならない。
けれどもまだ、度しか言葉を交わしていていないのだ。思考を切り替えて、次に挑戦してみるのみ。
諦めるのは早い。
…ルードのことにももう踏ん切りがついたといえば、嘘になる。けれど、嘆いてみて何が変わろう。さんざん泣き尽くしたのだ。もう、悲しむのはおしまい。
こうして、婚姻も上げてしまった以上、少しでも仲良くなろうと努力すべきではないかと、思い始めるようになった。
「まずは、食事のつくり方から改善してみようかしら……」
何が気に食わなかったのかはさっぱりわからないけれども、こうして、一つ一つ気づいたことから変えていってみよう。
そう、心に決めた。
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