報酬金の使い道
「というわけで、これが今回の報酬です」
全員が注目する中でそう告げた名前がローテーブルに置いたのは、一枚の小切手だった。
ソファから僅かに腰を浮かせたギアッチョよりも素早い動きで身を乗り出したソルベがそれを取り上げる勢いで掴み、チェックライターで刻まれた数字の桁を数えていく。順調に数えていた声は桁数が増えるにつれ次第に不思議そうな声音になり、それに合わせて聞いていたメンバーたちの表情も訝し気なものに変わっていく。最終的にソルベの震える声が途切れ、身を投げ出すように深くソファに沈み込むと、リビングは水を打ったように静まり返った。手から離れた紙切れはひらりと宙を舞うと再び元あった場所に着地したが、今度は誰も触る気配はない。
「…何かの間違いじゃあないのか?」
無表情で天を仰ぐソルベと、それを心配そうに見つめるジェラートから視線を外したイルーゾォが、険しい顔で名前に顔を向ける。
「私もそう思ってジョルノに連絡したんだけど、確かにこれで間違いないって」
「だがよォ、前の倍とかそういう次元の話じゃあないぜ」
ホルマジオの言う通りあまりにもぶっ飛んだ金額だったが、どうやらこれがチームの壊滅とターゲットの暗殺を成功させたときの正当な報酬らしい。例に漏れず冷遇されていた名前も相場を知らないため何も言えないのだが、ただ言えることは今までとは比べ物にならない金額だということである。
「すげぇ…マジですげぇよ…」
魂が抜かれた表情のままソルベが呟く。
「俺もう一生ボスについてくわ」
「俺はそんなソルベに着いていくぜ」
「ジェラート…」
互いに見つめ合うソルベとジェラートから視線を逸らしたホルマジオは、わざとらしく咳払いをすると名前を見た。
「しかしこれも名前の尽力あってこそだろ。それに前までは催促してやっと貰えたが、まだ任務から一週間も経ってないぜ?」
「本当にその通りだな。これだけあれば盛大に挙式できるぞ名前」
「お前はどさくさに紛れて何を言っているんだ…」
ホルマジオの言葉に頷きながらさらりとプロポーズ紛いなことを口にするメローネにイルーゾォが呆れたように溜息をつく。それを何とも言えない顔で見ていた名前に、隣に座っていたペッシが尋ねた。
「ところでよォ、姉貴はこの金どう使うんだ?」
「え?うーん、そうだなぁ…」
腕を組んで考え込む名前に全員の視線が集まる。しかし答えはすぐに出たようでぱっと顔を上げると思い出したように手を叩いた。
「あ、あれが欲しいかも」
「お、何だ何だ」
「電子レンジ」
「で、電子レンジ…?」
ホルマジオとペッシが複雑そうな顔で顔を見合わせるのを見ながら名前が頷く。
「ちょっと前から様子がおかしかったら、そろそろ新しいのを買おうと思ってたの。あとついでに掃除機も最新型のやつに新調しようかな。これだけあったら他の家電も買えそうだよね」
「お前、主婦じゃねぇんだから…」
「もっとパーっと遊べよ…」
喜々として語る名前にそれまで微笑み合っていたソルベとジェラートが信じられないとばかりに首を振った。救いを求めて周りを見渡すも、二人に賛成なのかわざとらしく視線を逸らされる。
「まあ…別に遊ばなくてもいいがせめて自分のことに使え」
「つーかアジトの家電なら経費で落とせるだろ」
呆れた様子のリゾットとプロシュートにも却下されてしまった名前は肩を竦める。
「でも別に欲しいものとかないんだよね」
「何でお前が一番物欲ねぇんだよ。今回のMVPだろ」
「ホルマジオ、じゃあ逆に聞くけど何に使えばいいと思う?」
「それを俺に聞くのか?」
「参考までに教えてほしいの」
「あー…そうだな、その年の女だったらまずは服と靴とカバンだろ?」
「あとはアクセサリーと化粧品か」
「エステとかサロンも結構かかるよなァ」
「それとやたらドルチェに金をかける」
「言えてる」
ホルマジオとメローネからぽんぽんと飛び出す案に苦笑いを浮かべる。どうして彼らの方が詳しいのかなんて野暮なことはもちろん聞かない。とはいえ残念ながら名前の参考になりそうな意見はなさそうだ。装飾品や化粧品は今あるもので十分だし、エステやサロンは今後も通う予定はない。美容院に行くのは数か月に一度だし、毛先を軽く整えるくらいであれば自分でもできる。甘い物に関しても彼らが買ってきてくれるお菓子が常に戸棚にストックしてあるので、ぶっちゃけ自分で買う必要はない。
「ところでみんなは使い道決まってるの?」
「車の改造費」
「新しい釣竿」
「酒」
「ギャンブル」
「女」
「なるほど…」
何となく察しはついていたが案の定な答えが返ってきた。ちなみに上からギアッチョ、ペッシ、ホルマジオ、ソルベ、メローネである。下三人に至っては飲む、打つ、買うの三拍子を見事にコンプリートして道楽の限りを尽くし、まさに男の娯楽!といった感じである。もはや一種の羨ましさすら感じる。
「ジェラート…はソルベと一緒だとして、イルーゾォは?」
「最近体を鍛えることにハマっていてな。健康器具を買うつもりだ」
「プロシュートは?」
「スーツを新調する」
「リゾットは?」
「そうだな…」
考え込むリゾットに、名前はようやく仲間を見つけたと表情を明るくさせた。冷遇時代の名残かチームの誰よりも質素倹約が染み付いているリゾットだ。大金をはたいて何かを買う姿が想像出来ない。そう期待を込めた名前だったが、すぐに答えを見つけたらしいリゾットは無情に告げた。
「車でも買うか」
「…そっか」
そういえばこの前休憩中に仕事部屋で車のカタログを見ていたが、折り目が付けられていたのは確か跳ね馬がモチーフになっている高級車のページだった。確かにこのままいけば数回の支払いで購入できるだろう。むしろあと数回の任務をこなせば一括で買えてしまう。本部からの報酬はそれほど莫大な金額なのである。
中々に大きな買い物をするらしいリゾットに何だか裏切られた気分になった名前はソファに深く沈んだ。決まった?と隣から顔を覗き込んでくるペッシに苦笑いを浮かべる。
「やっぱり、とりあえずは貯金かな。必要になったらその時はちゃんと使うよ」
「お前、そう言って今までのも貯め込んでんだろうがよォ〜」
「ギアッチョ、何でそれを知ってるの…」
「少なくとも俺がここに来てからの数年でお前が何かデカい買い物したなんて記憶はねぇからな。どうせ使い道に困って貯め続けてんだろ」
「あはは…」
言い当てられた名前が誤魔化すように笑えば、周囲も「だろうな」と言わんばかりに肩を竦めた。ギアッチョの言う通り、名前はこれまで報酬を貰っても特に使う機会がなかったため口座にはそれなりの金額が貯まっている。彼らのように趣味に費やそうにも、名前には趣味と呼べるほど打ち込めるものがない。毎日やることと言えば料理くらいなものだ。
「(…料理?)」
そこで名前はあることに気付いた。そうだ、どうして今まで気付かなかったのだろう。何かを思いついた様子の名前が顔を上げれば、メンバーたちは不思議そうに首を傾げた。
そして、それから数日後。
「いっぱいあるから遠慮せずに食べてね」
机の上に並べられたあまりにも豪華すぎる料理に、男たちは「おお…」と感動しているのか困惑しているのかわからない声を漏らした。珍しくチーム全員が揃っていたこの日、テーブルにはまるで晩餐と呼ぶに相応しい手の込んだ料理たちが鎮座していた。
「なあジェラート、今日って何かあったか?」
「いや、別に記念日でもないし…誰かの誕生日とか?」
「記憶にはないけど…」
「だよな。じゃあこれは?」
「…さあ?」
ソルベとジェラートが困惑した様子で顔を見合わせる。するとその隣でイルーゾォが何かに気付いた様子で声を上げた。
「まさかこれ、この前の報酬か?」
「正解。ほら、みんな座って」
にっこり笑った名前に促されそれぞれの定位置に腰掛ける。所狭しと並べられた料理たちは間近で見ると余計にその豪華さが際立った。金に糸目はつけず食材も一級品ばかり。確かに料理を得意とする名前らしい使い道ではあるのだが。
「自分のために使えって言ってんのによォ、結局俺らの方が得してんじゃあねェか!」
「そんなことないよ、私も作ってて楽しかったし」
ギアッチョを宥めるようにすかさずフォローに入る。夕飯に限らず食事は各自で済ませることが多いため、一度にこれだけの量を作るのは久しぶりで楽しかったのは事実だ。
「で、さっきから手に持ってるそれは何だ」
プロシュートの言葉に名前が持つ茶色の紙袋に視線が集まる。名前はテーブルの上にそれを置くと中から二本の高級ボトルを取り出した。
「この前みんなと飲めなかったから今日は一緒に飲もうと思って」
「うわマジで?名前最高」
「メローネは飲みすぎないようにね」
「わかってるって」
「だったら前に買ってあったやつも開けるか?」
「あ、じゃあ私持ってくるよ。白と赤どっちにする?」
「どうせこんだけ人数いたら両方開けても足りねぇぐらいだろ」
「それもそっか」
ぐるりとテーブルを見渡して苦笑したホルマジオにつられて笑う。名前がボトルを机に置いて席に着くと、久しぶりにチーム全員揃っての夕食が始まった。豪華な食事と久々の大人数での食事ということもあってか、名前の予想をはるかに上回るペースで料理が平らげられていく。あらかじめ作っておいたつまみを冷蔵庫から取り出してテーブルに並べるも、それも次々と無くなっていく。
盛り上がるメンバーを楽しそうに見ていた名前は手元のワイングラスを一気に煽り、近くにあった赤のボトルを手に取って傾けた。しかし中身は既に無いらしく、空のワイングラスには濁った赤色が一滴滴り落ちただけ。テーブルの上を見渡すもボトルは全て開栓済みで、どうやらこれが最後だったようだ。残念そうに空のボトルを戻せば、すぐ隣からグラスが差し出される。
「白でいいならやるよ」
「プロシュート、いいの?」
「ああ、俺はこの前も飲んでるからな。遠慮せずに飲め」
「じゃあ…お言葉に甘えて」
やけに強い口調でワインを勧めてくるプロシュートを不思議に思いながら中身を一気に煽る。空になったグラスをテーブルに置いたところで、反対側からまあまあの勢いで肩を引き寄せられた。
「名前飲んでる〜?」
「!」
予期せぬ衝動に体が傾いた瞬間、すかさずプロシュートがグラスを自分の方へ引き寄せた。危ないところだった、と息を吐く名前の様子に気付くことなく、既に出来上がっているらしいメローネが顔を覗き込んでくる。
「あれ?全然顔色変わってないじゃん」
「もう、いきなり来たら危ないでしょ」
「名前って相変わらず酒強いよな。イルーゾォのやつ見ろよ、もう目が据わってるぜ」
「それを言うならメローネこそ。飲みすぎるなって言ったのに」
「俺はまだまだ平気」
どこがだ。喉まで出かかった言葉を飲み込み、その代わりとでも言うように大きく溜息をつく。すると隣に座っていたプロシュートが空いた食器とグラスを持って立ち上がった。
「メローネ、それ以上名前に近寄るなよ」
「何だよプロシュート、嫉妬か?」
「言ってろ。俺は確かに忠告したからな」
「忠告ぅ?」
「プロシュートの言う通りだ。命が惜しければそこらへんにしておけ」
名前の向かい側に座っていたリゾットも溜息交じりにそう言うと椅子から立ち上がってシンクに向かう。
「何だよ二人して。そんなこと言って、本当は俺が羨ましいんだろ?」
すると何を思ったのかメローネは栗色の髪に顔を埋めると深く息を吸い込んだ。あまりにも突発的な行動にぞわ、と全身が粟立った名前は、頭で考えるより先に行動に移していた。
「う゛!?」
ものすごい勢いで繰り出されたエルボーが無防備な腹部に綺麗に決まる。続いて膝から崩れ落ちたメローネに跨ると、突然キャメルクラッチを繰り出した。リゾットとプロシュートは鈍い音を立てて床に落ちたメローネを見て、ほら言わんこっちゃないと呆れ顔を浮かべる。
「お、おい名前…?」
ホルマジオの声にハッとした名前が慌てて立ち上がる。
「ご、ごめんメローネ!大丈夫!?」
急いで立ち退くが時すでに遅く、綺麗に関節技を決められたメローネは白目を剥いて気絶していた。仰向けにしてがくがくと肩を揺する名前を遠巻きに見ていた男たちはやめてやれよ…と思うが声をかける勇気はない。
「…今の何だ?幻?」
「いや現実だろ。メローネ死んでるし」
「夢だって言われた方が納得するぜ俺は…」
ソルベとジェラート、ホルマジオが複雑そうな顔でそう呟く。あまりの衝撃に酔いも覚めてしまったらしく、イルーゾォとペッシも驚いた表情のまま固まっている。ギアッチョも今回ばかりはさすがにメローネの安否が気になるらしく、複雑そうな表情でメローネと名前を見ている。
「つーかよォプロシュート、お前も気付いてんだったら飲ませるなよ」
「俺は飲ませてねぇよ。ありゃ水だ」
「…は?水?」
「それにも気付かねぇくらい酔ってたってことだ。ったく、だから近寄るなって忠告してやったのに」
「兄貴、よく分かりやしたね。俺は別にいつも通りだった気がするけど…」
「今までこうなった名前を見たことあったか?」
「い、いや…あんな姉貴は初めて見たぜ…」
「つまりそういうことだ。普段は自制してるくせに、今日は珍しく飲み続けてたからな」
つまり、名前は自分でこうなることがわかっているから、普段は適量で済ませておくらしい。とは言えこれまでも幾度となく飲む機会はあったし、名前が酒に弱いと感じたことはない。一体どれだけ飲んだのか。そう思ったホルマジオは名前が座っていたテーブルの前に置かれた三本のボトルを見て、何かを悟ったようにそっと視線を逸らした。
その日、あまりにも衝撃的な光景を見た男たちは、酔った名前には近づかないようにしようと密かに誓った。