力なく床に倒れる公績の前に立つと、阿伏兎は呆れたように視線を落とす。


『ッ、副団長…っ止めないでくれ、俺はまだ…!』
『いくらお前さんでも殺されるぞ、公績』
『そんなの、まだやってみないと…!』


しかしなおも食い下がる公績の前に膝をつくと、小さく溜息をついて肩を竦める。


『こんだけボロボロにやられてんだ、もう充分アイツの強さはわかっただろ。無駄な犠牲出すんじゃねぇよ』
『っ…』


阿伏兎の言葉は暗に「このまま続ければ殺される可能性すらある」ということを示唆していた。歯を食いしばる公績を残して立ち上がった阿伏兎が振り返る。


『で、お前さんは平気か?』
『…、は?』


傷一つ負っていない翠を見てそう尋ねる阿伏兎に、公績が怪訝そうな顔を向ける。


『団長にやられた傷、まだ治ってねェんだろ』
『!』
「何だ、気付いていたのか」
『一週間そこらで折れた骨が完全にくっ付くかってんだ。仙豆でも食ったなら話は別だが』
「それじゃあ私はカリン様でも探すとするか」
『っおい、』
『いやーお見事』


すると突然パチパチと拍手が聞こえた。場違いなそれに目を向ければ、どこかで傍観していたであろう神威が笑みを浮かべて立っている。


『さすがだね』
「見ていたなら助けてくれても良かっただろう」
『だって翠、俺とは戦ってくれなかったじゃん』


にこりと笑う神威に眉をひそめる。


「まさか、まだ根に持っているのか?」
『別に?アイツとは戦ったのに俺とは殺り合ってくれないことなんて全然気にしてないよ。今日は面白いものも見れたし』


意味ありげに笑う男に、予感が的中した翠はちらりと公績を見やった。


「不始末の責任は隊長である私が取る。そういうことだろう」


神威は何も言わずに笑顔を浮かべたままだった。


『それよりさ、ちょっと付き合ってよ』
「何処に?」
『んー買い物』
「…買い物?」


何の脈絡もなく紡がれた言葉に怪訝な表情を浮かべる翠。しかしそんな彼女の態度も全く意に介さず、前に立った神威は翠の反復に頷いた。


『翠の部屋、まだ必要な物とか揃ってないから』
「それなら私一人で行く。お前まで着いてくる必要はないはずだが」
『俺も見たいものあるんだよねー。ほら、翠にも色々と教えた方がいいだろうし』
「…仕方ないな」


そう言った翠は血濡れの部下をちらりと一瞥すると神威に続いてその場を後にした。遠ざかる二人の背中を見ながら、一部始終を見ていた儁乂が驚いたように声を上げる。


『翠さん、すごいっスね…まさかあんなに強かったとは』
『認めたくはねェが、奴もそんな簡単にやられるタマじゃねェだろ』


賛同する興覇の隣で、孟起が笑みを浮かべながら阿伏兎の肩を叩いた。


『思わぬ逸材を得たな、阿伏兎』
『ああ…まあな。だが見てわかるように、今んとこあのお嬢さんの手綱を握れるのは団長だけだ。ヘタなことしない方が身のためだぜ。どっかのアホみたいにな』
『はっはっは!違いないな』


腕を組みながら豪快に笑うと、孟起は満身創痍な「どっかのアホ」に視線を向ける。


『で、お前は満足したのか?』
『…』


孟起の問いかけに全身を負傷した男――公績は何も答えず、傷を庇う様にして静かに去っていった。

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