『だったらてめェがこっち持てばいいだろうが!』
『お前が率先して荷物持ちにまわったくせに』
『んだとこの野郎!俺は副団長直々に命令されてんだぞ!』
『言っとくが、副団長が一番に声をかけたのは俺だ。捏造もいい加減にしろ鳥頭』
『てめっ、誰がニワトリだ!表出ろ!』
『ちょ、二人共落ち着くっスよー。ていうか呼び止められたのは俺っス!』


阿伏兎から物資補給を命じられ、戦艦から降りて街を回っていた興覇たち三人。彼らが買い物係に抜擢されたのは単純に「騒がしいから」との理由からだったが、勿論本人たちは気付いていない。それどころか、およそ不名誉な役回りを我が我がと取り合う始末だ。


『あれ、団長じゃないっスか?』


儁乂の言葉に言い争っていた二人がぴたりと争いをやめる。


『誰かと一緒にいるみたいだな』
『また女に付き纏われてんじゃないスか?』
『おおっマジか!今度はどんな美人連れてんだ?』


「女」という言葉に食いついた興覇がじっと目を凝らす。
アップにした亜麻色の髪に映える花簪。スリットが深く入ったシャンパンホワイトのチャイナドレスが美脚を際立たせ、締まった足には黒い厚めのピンヒール。番傘の下にちらりと見えるのは、綺麗に施された化粧と、艶やかな唇にのせられた紅だった。
離れた位置からでも伝わってくる美貌と色香に、興覇と儁乂はごくりと生唾を飲み込む。


『…あれはやべェな』
『あれは駄目っスね…』
『流石団長、あんな女もモノにすんのか…』


その様子を見た公績が一人溜息をつけば、それまで三人に背中を向けていた女が後ろを振り返った。


『…んんん?』


どこか見覚えのある顔にじっと目を凝らした興覇が、次の瞬間、仰天した様子で声を上げた。





神威が翠に購入したのは、それはそれは大量のチャイナドレスだった。大輪の菊が施された黒が基調のロングドレスもあれば、定番の紅色に錦糸の刺繍があしらわれたものもある。
信じられないような金額をカード一括で支払った神威に抗議した時の視線は非常に怖かった。神威曰く『自分の所有物に物を与えて何がおかしいの?』とのこと。自己満足だとか。


「だからって、こんな大量に買うことはなかっただろうに」
『それくらい普通でしょ。翠が無頓着すぎるんだよ』


神威の正論に肩を竦める。
確かに、普段着が片手で数えられる枚数しかなく、さらにそれが戦闘服も兼ねているというのは女として如何なものだろうかと思わないでもないが、これまで翠の人生において「美しく着飾る」という要素は全く必要とされなかった。疎遠になってしまうのも仕方がない。

だが、と翠は自身の姿を見下ろす。

普段は返り血がついても気にならないようにと男性用の黒い衣服を身に纏っていたため、体のラインが強調されるシャンパンホワイトのドレスは非常に落ち着かない。
足をここまで露出するのも人生で初めてで、うなじが剥き出しなのもどこかそわそわする。

…というか、果たしてこの格好は似合っているのか?

純粋な疑問を抱えながら神威を見上げれば、まるで翠の気持ちを汲み取ったかのように彼は笑った。


『よく似合ってるよ?』
「…」


笑顔で頷く神威に何も言えず、咄嗟に俯く。この女たらしめ、と心の中で呟いていると。


『っ、翠ちゃんじゃねぇか!!?』


聞き覚えのある絶叫に振り返れば、そこには買い物の途中らしい三人が立っていた。
驚愕の表情で立ち竦む興覇の後ろに目を向ければ、目を見開いた儁乂と相変わらず無表情な公績。


『え…えええ!?うわーっ、本当じゃないっスか!今日は一段と綺麗っスね!』
『団長、お疲れ様です!どこの美人連れてるかと思いましたよー』
『やっぱ翠さん綺麗っスよねー!』
『そりゃあ俺たちの隊長だからな!』
『それもそうっスね!』


興味津々といった様子で見つめてくる二人から視線を逸らす。
また厄介なものに捕まってしまった、と肩を竦めた瞬間、二人の後ろにいた公績と目が合った。
どうにかしてくれ、と視線で訴えれば、意図を察してくれた彼は仕方ない、といった様子で興覇と儁乂に声をかけた。


『おいお前ら、まだ買う物が残ってるだろ』
『え?…あ、そうっスね!』
『あーそういやまだ途中だったな』


がしがしと粗雑に頭を掻いた興覇が手を挙げる。


『じゃあ翠ちゃん、また後でな!』
「ああ」
『団長も、お疲れ様です!』
『おつかれ〜』


ぺこりと頭を下げた公績たちが遠ざかっていくと、先程までの騒がしさが嘘のように静かになった。ようやく嵐が去った、と押し寄せる疲労感に息を吐く。


『で?』
「うん?」
『公績とはもう打ち解けたの?』
「ああ、おかげ様でな」
『そっか』


それはよかった、と言いながら突然番傘を持っていない右手を掴んでくる神威に眉を寄せる。


「…この手は何だ」
『んー、次はどこに行こうか?』
「そろそろ帰らないと阿伏兎が」
『あ、あれ美味しそう』


神威が指差した方向に目を向ければ、翠の大好物を記した大きな看板が目に飛び込んでくる。店の前に並ぶのは評判を謳うのぼり旗。聞こえてくるのは活気のある店主の声。


「…仕方ないな」


開けっ放しにされた窓から香り立つ食欲をそそる匂いに、ぐう、と小さくお腹が鳴った。

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