「地球?」
『知らねぇか?』
「いや、転生郷取引の際に名前だけは聞いたことがある。目的は?」

母艦の広々とした食堂の一角。阿伏兎は次々と翠の胃に消えていく食べ物を見つめながら答えた。


『他の師団が送り込んでた諜報員が脱走したらしくてな。ったく、何でうちが他の師団の尻拭いまでやらされてんのか…』


首を振る阿伏兎に苦笑いを浮かべながら情報を整理する。
春雨諜報員の脱走。つまり、こちらの情報が漏れる前に早々に処理しろということだ。阿伏兎の言う通り、どこの師団か知らないが身内の不祥事くらい自分たちで解決して欲しいものである。


『出発は明後日だ、それまでに準備しとけよ』
「到着はいつになる?」
『何も問題が起こらねェ限り翌日には着くだろうな。今回は俺も別件で動くことになるから、その間団長のお守りは任せたぜ』
「…」
『おい翠、聞いてんのか?』
「ん…ああ、わかった」
『で、悪いが俺はこれから上に呼ばれてんだ。っつーわけで、このことはお前さんから団長に伝えといてくれ』
「わかった。ところで阿伏兎、この肉まだあるか?」
『あ?確かあっちにあったはずだが』
「そうか」


満足そうに頬を緩める翠に毒気を抜かれる。自分の容姿を自覚していないのか、まったく呑気なものだと思う。
まるでブラックホールのような胃袋に次々と食べ物を収めていく翠とは反対に、阿伏兎は四方から送られてくる熱烈な視線が気になって食事どころではない。ちらりと目を向ければ、鼻の下を長くしながら翠を熱心に見つめる春雨構成員の姿が目に映る。煩わしいまでの視線に翠も気付いてはいるようだが何かアクションを起こす気はないらしい。…それにしても。


『お前さんはどこまで食えば気が済むんだ?』


戦闘力と食欲は比例するのか、と某海賊団の船長並みの食欲を誇る上司の姿を思い浮かべ、阿伏兎は小さく溜息をついた。


「阿伏兎は体格の割に随分と小食なんだな」
『翠から見りゃ大抵の奴は小食だろうよ』
「そうか」


呆れた顔で立ち上がると、翠は食べる手を止めることなく視線だけで見送った。

食堂を出た阿伏兎は無機質な床を踏み鳴らしながら美しく着飾った翠の姿を思い出した。気まぐれな神威のこと、翠に構うのは一時ですぐに興味も失せるだろうと達観していたのだが、どうやら彼は本格的に彼女のことを気に入ったらしい。
神威とはもう長い付き合いになるが、あのような執着を見たのは初めてで阿伏兎も驚いたものだ。今後、色恋沙汰に関する厄介事に巻き込まれなければ良いのだが…。

安易に予測できる未来に溜息をついた阿伏兎は頭を振って思考を切り替えると、目の前に現れた大きな扉をノックした。

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