待ち望んでいた団長が負傷して帰艦したという報を受け急いで駆けつけた阿伏兎が見たのは、確かに全身に傷を負った神威とその肩に担がれた瀕死の女だった。思わず喉まで出かかった文句を飲み込む。

見間違いでなければあの今にも死にそうな女は自分達の同族だ。それも神威が三日も通い詰めるほど御執心の。ということは、我らが団長の負傷もあの女の仕業だとみるのが妥当。何せ相手は一組織を一人で壊滅させるような化け物だ。


『おい団長、色々聞きてェことはあるが…そいつは何だ』


ひくり、と頬を引き攣らせた阿伏兎が努めて冷静に問いかけると神威は少し考える素振りを見せた後、誇らしげに笑った。


『戦利品』


これ以上の面倒事は起こしてくれるな、という副団長のささやかな願いは聞き入れてもらえなかったらしい。盛大にため息をついた阿伏兎は渋々現実に目を向けた。


『戦利品っつったって…これ、どう見ても死にかけてんじゃねぇか』
『本気で殺しにいったからね』
『おーい、生きてるか?』
「っ…」


阿伏兎の呼びかけに答えるように、だらりと垂れ下がった右手がぴくりと動く。小さな呻き声と共に顔を上げた女の顔は苦痛に染まっていた。


「っいい加減降ろせ…」
『え?何、聞こえない』
「いっ…!お前、態とやっているだろう…っいいから離せ」
『俺、ちゃんと約束したのに疑われちゃったもんなー』
「だから、それはさっきも謝って…ッ」


担ぎ直した神威に再び恨み言を述べる翠。そんな二人のやり取りを呆然と眺める阿伏兎に、彼の言わんとすることを察した神威が笑顔を浮かべた。


『俺、楽しみは取っておくタイプだからね』
『あ、そう…』


どうやら死にかけの同族は幸か不幸か、上司の御眼鏡に適ったらしい。同情をこめた視線を送れば、いまだ肩に担がれたままの翠はもう喋る気力も残っていないのか、諦めたように息を吐いた。


『それにほら、阿伏兎も人手が必要だって言ってたじゃないか』
『そりゃ確かに言ったが、それとこれとは話が別だ。犬猫みたいに夜兎を拾ってくるな』
『ちょうど第一部隊の隊長が不在だったし』
『ちょうどって、この前の任務中に団長がうっかり殺したんだろ』
『まあ上には阿伏兎が何とか言うとして。とりあえず、もうこの星に用事はないからすぐ出すよ』
『おい、話聞いてんのかすっとこどっこい』
『じゃあこれ、どうにかしてあげて』
「っ、」
『また後でね、翠』


話の途中で突然阿伏兎に向かって投げられた翠。何とか両手で受け取れば、その振動で傷だらけの翠は顔を顰めた。力なくぐったりとする彼女は目に見える外傷だけでなく、身体中のあちこちが折れているらしい。

同じ戦闘種族で他を凌駕する力を持っているとはいえ、いくらなんでも女相手にこれは酷い。誰に対しても容赦という言葉を知らない上司を非難しようと顔を上げるが、犯人の姿はもう見えなくなっていた。

仕方なく医務室までの道のりを歩き出せば、腕の中で小さく呻き声を上げた翠が呟く。


「相変わらず…苦労して、いるんだな」
『まァ、慣れたもんだ』


自由奔放な上司を持つ苦労を汲み取ってくれているらしい負傷者に返事をすれば、その顔には困ったような笑みが浮かぶ。


「…出ていくべきか?」
『けっ、俺が知るかよ。逃げてェなら逃げればいいさ』


チャンスは今しかない。この戦艦も操舵室に向かった神威の指示のもと、じきに動き出すだろう。それは翠も先程のやり取りで理解していた。だが一つ問題が。


「両足も左手も使えず…一人で、立てもしないのに?」
『言っとくが、俺はつまらんことで殺されたくねェからな』


逃走劇に加担する気はない。その意思を告げた阿伏兎は、彼の予想に反して楽しそうに笑う翠を見て目を見開いた。


「私も逃げる気はない」
『もう腹括ったってか?…随分と潔いこった』
「興味を持ったんだ、あの青い瞳に」
『…そーかい。アンタ、綺麗な顔して趣味は良くねェみたいだな』
「お互い様だ」


丁度到着した医務室の前に立てば、両手が塞がっていても問題ないように、と設計された扉が熱を感知して開いた。その音で部屋の奥から顔を覗かせた団員が驚いたように駆け寄ってくる。


『副団長?医務室に何か用でも…って…どうしたんスかその人!?』
『団長のきまぐれだ』
『えっ、団長の?』
『詳しいことは後だ。とりあえずこの怪我どうにかしてくれ』
『あ、はい!ここに寝かせてくださいっス!』
『悪ィな、儁乂』


阿伏兎が腕に抱えていた翠を静かにベッドに横たえると、儁乂と呼ばれた青年は慣れた手つきで治療を始めた。うわっ、こりゃ酷いっスねー、と苦い顔で呟くのをぼーっと見つめる。

血塗れになった顔を拭っていた儁乂が一瞬驚いたように手を止めれば、ベッド脇の椅子に座っていた阿伏兎が肩を竦めた。


『あー…お前さんの言いたいことはよくわかる』
『お、俺…こんな美人初めて見たっス…!』


しどろもどろになりながら何とか手当を終えた儁乂が、包帯を片付けながら申し訳なさそうに謝る。


『俺じゃ応急処置くらいしかできないんスけど、大丈夫っスか?』
「ああ、大分楽になった。ありがとう」
『い、いえ、気にしないでください!』


顔を赤くして手を振る儁乂を見て、阿伏兎が思い出したように声をかける。


『ついでに団長も手当てしてやってくれ』
『え、団長も怪我してるんスか?珍しいっスねー。えーっと、絆創膏は、っと…』
『あー…いや、包帯とかあったほうがいいかも』


その一言で、棚を漁っていた儁乂が驚いたように振り返った。


『だ、団長がそんな怪我を!?一体誰が…』
「…悪かったな」
『、え?』


不思議そうな視線を送ってくる儁乂から目を逸らす翠。一方で何故謝られたのか理解できない儁乂が阿伏兎と翠に視線を送った。数秒答えを待ってみるも、二人はそれ以上の言葉を続ける気はないようだ。


『…とりあえず俺、行ってくるっス!』


部屋に流れる微妙な空気を察した彼は必要になると思われる道具を纏めると、足早に医務室を後にした。

TOP