故に、殺し愛


「ならば、今殺すか?」

頭に響いた声は、酷く悲痛な音を纏って身体中を駆け巡った。

「いや、今のお前には無理だろうな。背後を取られるが関の山だ」

形の良い唇が小さく息を吐く。大きく肩を竦めた女――名前は、その華奢な体全身を使って不快感を示した。

『…随分と余裕だな』
「余裕?当然だろう。今の貴様に、何を恐れる事がある?」
『…』
「此処が戦場なら貴様は既に殺されているぞ。犬死もいいところだ。潔すぎて最早同情さえ起こらんよ」

ああ、既に"狗"であったか。
くつくつと笑う名前から漏れた言葉に眉を顰める。何が面白いのか肩を震わせていた彼女はふと笑いを止めると顔を上げた。

「沈黙は肯定と取るが?」
『…好きにしろ』

俺の言葉を聞けば嬉しそうに獲物を収める。相変わらず理解に苦しむ奴だ、と心中で不満を吐き出せば彼女に通じたのか嬉しそうに笑った。のらりくらりと現れては戯言を吐き、味方とも敵ともわからぬ言葉を紡ぐ。

『…お前は、何がしたい』

黒曜石が、鋭く射抜く。

「先程の質問と意味は似通っているが、今度は随分と抽象的な言い回しで『答えろ』

強い音を持った質問に彼女は些か大袈裟に肩を竦めた。

「教えてやらん事もないが…後に悔やむのは、貴様の方だ。あの時聞かなければよかったと、己の探究心を悔やむ日が必ずや来るに違いない」
『つまり、それがお前の言う"答え"とやらなのか』
「一概にもそうとは言い切れぬが。何より、証拠がない。無罪の人間を殺したとあっては、既に低迷している貴様らの評判は落ちる一方だ」

正論を述べられ、ぐっと押し黙る。

「狗とやらは、随分肩身の狭い思いをするな。息が詰まる。窮屈すぎて私には耐えられんよ」

その発言は暗に自分は誰の下にも就かぬ、と。そう言っているようにも聞こえる

『…お前は時々、死に急いでいるようにも見えるが』
「それは、愚者であると?御国の為と刀を手に取る人間が、貴様らには酷く滑稽に映るか」
『そうは言っていない。俺も心持ちは同じだ。ただ…お前が、本来すべき事ではなかろう』

途端、冷やかな目線がこちらを見据える。ぞくりとするほど冷酷で、残酷で。それでいて何処か喜色が浮かぶそれから目が逸らせなくなる。
ただ純粋に、綺麗だと。そう思っている自分が確かに此処にはいるのだ。

『それが、心から望む事なのか』

否定して欲しいと、淡い期待を含んで投げ掛けた言葉は吹き出すような音に掻き消される。

「…どうやら買い被りすぎた様だ。噛み付いてきた犬にちと愛着が湧いただけだったとは…私も、随分と堕ちたものだ」

胸の前で組んでいた腕が柄に掛かった瞬間、反射的に同じ動作をした。その姿を見てきょとんとした彼女は、嬉々として顔を綻ばせた。酷く美しい笑顔をその顔に貼り付けて、男を誘う艶やかな仕草で。

「何時でも殺しにいらっしゃいな。貴方になら、この首喜んで差し出しましょう」

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