恋愛は瞬きのような瞬間だが、あまりにも多くの時間を欲する


信じたくなかった。
そう言いながらも、私はどこかで感づいていたのかもしれない。

「(だってあの子には、嫌われる要素がないから)」

守ってあげたくなる、可愛らしい女の子。私とは、見事なまでに正反対の子。

「斎藤先輩、お疲れ様です」

そう言えば彼は酷く驚いた顔をして。何処か困惑する様子の彼ににこりと笑いかけた。

「昔馴染みの立場に甘んじていたら、彼女に失礼でしょう?」
『!』

あの子のことは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。中学の頃、一人でいた私に話しかけてくれたのは紛れもない千鶴ちゃんだった。だからこそ私はあの子を傷つけたくない。
例え私が、一くんの事を好きだとしても。私はただひたすらに、この想いを隠し通すことしか出来ない。

「優しくしてあげてくださいね。私の一番の友達なんですから」
『ああ、中学が同じだったと聞いた』
「今と変わらず優しい子でしたよ」

不意に訪れる沈黙。彼がぽつりと漏らした言葉が、静かな教室に響いた。

『…まさか、あんたと再会するとは思っていなかった』
「私も、斎藤先輩を見つけた時は吃驚しました」

一人分空けて椅子を引けば、作業をしていた手が止まる。何か言いたい事があるのかと催促すれば若干訝しげな表情を浮かべた彼はゆっくりと口を開いた。

『何故あんたは、此処に来たのだ』
「何でって、千鶴ちゃんが心配だったんです。共学になるとは言ってもまだ一年目ですし、千鶴ちゃんに頼まれたら断れなくて。ま、思ってた以上に女子は少なかったんですけどね。ああそれと、私の幼馴染にも誘われまして」
『…総司か』
「やりたい事も見つからないし、近場だから通学も楽って事で、こうなりました」

彼の前に積まれた書類の山を半分取って作業を開始すれば、慌てて斎藤先輩も書類を手に取る。すると遅刻者のリストを纏めていた彼は納得した、とでもいうように頷いた。その手には一枚の紙と、見慣れた名前。

『だから最近総司の遅刻回数が減ったのか』
「はい。こう見えても風紀委員ですから」

朝に弱い総司を毎朝起こして引っ張ってくるのは骨が折れるけれど、最早日課となってしまった今では何とも思わない。

「…ところで先輩、名前で呼んであげてます?」

ばっと顔を上げた斎藤先輩は見たこともないくらい顔を赤く染めていて、思わず悪戯心が芽生えてしまう。

「名前で呼んであげてくださいよ」
『っむ、無理に決まっているだろう。人前でそのような、』
「別に変な事してるわけじゃないんですから堂々と呼べばいいじゃないですか」
『し、しかし…』

思ってた以上に女々しい&初々しい彼にむっとして、口からは意地の悪い言葉が飛び出た。

「あーあ、千鶴ちゃん可愛いから誰かに横取りされちゃうかも」
『そ、それは駄目だ!』

ガタンと立ち上がった斎藤先輩は見た事も無い位真剣な顔で。肩を跳ねさせ、驚愕する私に小さく謝ると再び元の体勢に戻った。けれど何処かその顔は赤く染まっている。

「…だから、彼氏らしいことしてあげてくださいって言ってるじゃないですか」

ジト目で彼を見れば言葉に詰まったようで大人しく椅子に腰掛けた。しかし慣れない話をネタにされたせいか、そわそわと落ち着きない様子だ。

「(何だかなぁ、)」

やるせなくなった私は席を立って窓際に移動する。何となくグランドに目を移した私は目下で広がる光景にじっと目を凝らした。

「…あれ、千鶴ちゃん?」
『性質の悪い冗談を言うな名字』

言いながらも、しっかり手を止めて此方を見てくる彼に首を振る。

「残念ながらほんとです。上級生らしき人間に絡まれてます」
『何?』

眉間に皺を寄せた先輩が立ち上がり、私が指差した方向に目を向ける。すると驚くほどのスピードで身を翻し、閉ざされていた教室のドアをやや乱暴に開いた。振り返った顔にはいつもの涼しげな表情ではなく、焦りが滲んでいて。

『っすまない、少し抜ける』

返事を聞く前にそれだけ言い残して姿を消してしまった。耳鳴りが聞こえるほど静かな空間で一人大袈裟にため息をつく。

「あーあ、あんなに必死になっちゃって」

彼がついさっきまで座っていた椅子に手を掛ければ、何故だか虚しさが込み上げてくる。別に何か変化があったわけじゃない。彼は相変わらず、昔と変わらない真っ直ぐな人。私も相変わらず、彼に無駄な想いを抱いている。しかし今思えば、最初から彼の中に”私”という人間は存在していなかったのかもしれない。

「…失敗したなぁ、」

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