恋をするのは精神だが、愛を受け取るのは身体である


『で、まだ諦めてないんだ?』
「…うるさい。あんたには関係ないでしょ」

どこか馬鹿にしたような声色に思わず反論する声が鋭くなる。

『同じ先輩なのに、こうも扱いが違うといっそ清々しいね』
「総司は年上って気がしない。そもそも私達はそんな間柄でもないでしょ」
『へえ?じゃあ一くんは、その頃から別だったって事?』

痛い所を突く幼馴染を睨めば、へらりと笑い返された。彼の純粋な悪意が、時々こうして私を苦しめている事に気付いているのだろうか。

「…本当に嫌な性格してる」
『残念だけどそれ、褒め言葉だよ』

話が通じないんじゃ意味がないと総司を残してスタスタと帰路を急ぐ。ただでさえ嫌な事があったんだから、悪ガキを絵に描いたような幼馴染の相手をする余裕はない。けれど足の長さという大きな溝は埋められず、結局追いつかれ肩を並べる事になってしまった。

『そういえば千鶴ちゃん、やけに赤い顔して戻ってきたよ』
「…あっそ」

全てを把握した上での、全てを見透かした発言。彼が無神経なのはいつもの事だけど、今言われるのは辛いものがあった。

『ねえ、もういい加減諦めたら?』
「…」
『相手は君が大好きな千鶴ちゃんだよ。二人がくっついて、名前が我慢すれば済む話でしょ?』
「それが出来たら困ってない」

むっとして言い返せば隣の彼が呆れる気配を感じた。だって仕方がない、事実なのだから。今まで何度も諦めようとして、何度も彼を忘れようとした。

「(でも、結局出来なかった)」

彼の代わりは誰もいなかった。私が長い間欲してきたものは、彼の心だけだった。

「総司には毎回無意味な相談して申し訳ないと思ってる。けど、やっぱり私は…」
『…』
「…総司?」

何の反応も無い彼を疑問に思って顔を上げる。すると突然腕を引かれ、先を歩く総司の後を躓きながら追う形になった。少し進んだ所で路地裏に身体を滑り込ませた彼は塀に私を押しつける。

「いっ…、何して」
『やっと僕にもチャンスが到来したと思ったんだけどな』
「っちょ、総司…!」

両手首を冷たい壁に縫いつけられる。真剣な顔の総司に恐怖を感じたのは初めてだった。身じろいでみても、握られている腕は離して貰えそうにない。

『ほら、諦めて僕にしときなよ。一くんに劣らず、なかなかいい物件だと思ってるけど』
「ねえ、遊んでるつもりなら今すぐ離して」

彼には彼女だって今まで沢山いたはずだ。しかも親から授かった幸運なその顔のお陰で可愛い子ばかり。それがまさか幼馴染にも手を出すなんて信じられない。欲求不満もいいところだ。そんな感情が混じり合った表情で彼を見上げると真っ黒な笑顔を返された。

『遊ぶ?そんなわけないでしょ。僕は至って真剣だよ』
「っだからって、」

諦めたようにため息をついた総司は掴む手首に力を込めた。みし、と音を立てる骨に思わず顔が苦痛に歪む。男女の差は、足の長さだけじゃない事を身を持って実感した。

『ずっと前から好きだった。それこそ君が一くんと出会う前からね』
「え…?」

聞き返す声が震えたのは、恐怖より、きっと困惑の方が大きかったから。

『今までずっと後悔してたよ。だって、一くんを君に紹介したのは僕だったから。君が相談してきたとき、僕がどんな思いで聞いてたと思う?』
「ちょ、総司なに言って…」
『あの二人がくっつけば諦めるかと思ったのに、結局君は僕の予想通りにはならなかった』

近づく顔は思わず赤面してしまうほど整っていて。「数年前の幼かった二人」ではなく「高校生の男女」という事実を認めた瞬間、心臓が煩いくらいに音を立てた。

『ねぇ、もう諦めなよ。一くんは最初から君の事なんか頭になかったんだから』
「わ、かってる…、」
『本当は言うつもりなんてなかったけど…僕は、名前が好きだ』
「…っ、そ、」

その瞬間、唇に触れた暖かいものにこの上ないほど目を見開く。性急に重ねられたそれは、私を驚かせるには十分すぎるものだった。自分が幼馴染であるはずの総司とキスをしているという事実に、ただ困惑する事しかできない。

「やっ、ん…っ、ふ、」

体験した事の無い行為に自然と足が震える。伝わってくる熱が、酷く熱い。この厄介な想いも、吐息までも全てが飲み込まれる、そんな荒々しくて激しいキス。言葉では表現しきれない愛情が、この行為一つで全て伝わってくるような気がして。いつの間にか開放されていた手を、縋るように彼の腕に伸ばした。刹那、がくんと折れる足。けれど私の体はしっかりと抱きとめられていた。

「っな、にして…、」
『…そんな可愛い顔されたら、もっとしたくなる』

どこか余裕のない表情で、ぺろりと唇を舐める”男”の顔をした幼馴染を見上げる。ずっと近くで見ていたはずの彼は、いつの間にかこんなにも大きくなって、私との違いを明確にしていた。

「…ファーストキス、」
『うん、僕が貰っちゃった』

照れ隠しに飛び出た言葉もあっさり彼に回収された。二人の間に訪れる沈黙。抱き留めた体勢のまま、今度は反対の手を優しく頬に添える何処か泣きそうな顔をした総司は言い聞かせるような、宥めるような声で呟いた。

「ねえ名前聞いて。僕は今からもう一度君にキスをする。それが嫌なら突き飛ばして。殴っても叩いてもいい。何をしてもいいから…全力で僕を、拒絶して。でももし君が受け入れてくれるなら…もう絶対に、はじめくんへの想いを言わないで」

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