泣けど叶わぬ恋よ
※生温いですが性的表現含みます。閲覧注意です。
『土方さん、最近お気に入りの娘でもできたのかな』
聞き慣れた人名に大きく目を見開き、慌てて流れる水を止めた。
『ああ、なんか萩屋によく出入りしてるのを見るって新八っつあんが言ってたな』
震える手に力を入れて食器が落ちて割れるのだけは防ぐ。
『へえ…それ、名前ちゃんは知ってるの?』
『さあ?でもあの二人が一緒にいるのって全然見ないよな』
遠ざかる沖田さんと藤堂さんの声も耳に入らず強く唇を噛み締める。決意を固めた私は急いで屯所を飛び出し、ただひたすら萩屋を目指して走った。
「(歳三さん…っ!)」
やっとの思いでたどり着いた萩屋の階段を"嘘であってほしい"と願いながら駆け上る。次第に見えてくる突き当たりの一つの部屋の前で足を止めた。漏れ聞こえる女の嬌声。淡い光に照らされるしなやかな肢体を覆う男の姿に目を見張る。
『――ああっ…!』
目の前に広がる光景に…私はただ、立ち尽くしていた。
『やっ…そんな、ぁあ――…!』
愛しい人は確かに私じゃない誰かの足を抱えていて。
『はっ…もういっちまったのか?』
鼓膜を震わせる余裕の無い声は毎日私が聞くそれで。
『ん…ああぁッ、歳三様ぁ…っ!』
艶やかな唇から紡がれた名は、愛してやまない彼のものだった。
「(としぞう、さん…?)」
響く水音、熱く漏れる吐息、熱に浮かされた二人。
「(ああ…)」
私が知らない全くの別人である彼が、其処にはいた。
必死に力の入らない体に鞭を打ち静かにその場を後にした私は元来た道を駆け出した。
あの人が島原で多くの芸妓から想いを寄せられているというのは私も知っていた。そして仕事上、多くの女で欲を吐き出さなければならないのも理解していないわけではなかった。彼の愛がただひたすら、私だけに向いていると錯覚しだしたのはいつだろうか?
けれどいざ目の前に形として表れた今、ついに私があの方の隣にいる意味はなくなってしまった。
「…っ」
ポツポツと地面に波紋を広げた雨は立ちすくむ私を嘲笑うように音を立てて降り始めた。
『おいお前、こんな時間に何して…って、名前か…!?』
驚いたように近寄ってくる人影に顔を上げれば、視線の先の彼は金無垢の瞳を見開いて固まった。
「原田さん…」
『どうしたんだ名前…っ大丈夫か?』
ふらりと力無く原田さんに倒れこむと一瞬息を呑んだ彼は優しく抱きしめてくれた。
「…ごめんなさい…もう少しこのままで」
私の我侭な要望に応えてくれた彼は力強く背に腕を回した。じわりと染み込んで来る熱に枯れた筈の涙がとめどなく溢れてくる。
「(もう私は、あの人の隣にいることは出来ない――…)」
突如として突き付けられた現実を固まったはずの脳はしっかりと理解していくのだった。
ひとしきり泣いて落ち着いた頃、原田さんは軽々と私を持ち上げた。
『とりあえず、部屋に行くぞ』
そうして連れてこられた彼の部屋は、以前入った時と何も変わってはいなかった。ゆっくりと布団に降ろされた私は距離を取ろうとする原田さんの腕を弱々しく掴む。
「お願いします原田さん…私を、」
私を抱いてください――…
降りしきる雨の中、その一言がやけに部屋の中に反響して。
『…俺はどんな形であれ、お前を抱けるんだったらそれ以上の幸せはねぇよ』
雨音を掻き消すように紡がれた言葉。弾かれたように原田さんを見上げると、彼は困ったように笑っていた。
『なんて、弱りきったお前に言うのも酷だよな』
「…」
貴方は自分の事を酷い奴だと笑うけれど、私の方が最低な女なのです。
『なあ名前、本当に…いいのか?』
確認するように金の瞳が細められる。
「私は…原田さんが欲しい」
ゆっくりと目を伏せると性急に唇に触れる熱。何度も何度も角度を変えて進入する舌は冷え切った私には酷く熱くて。ぞくりとするような口寄せに、私は知らない内に原田さんに身を委ねていた。
仰け反った喉に熱が触れる。何処からか漏れた艶やかな声。
衣擦れの音が互いを求める吐息になる頃には雨はとっくに姿を消していた。
「んあ…ッ、はら、ださ…!ああぁ、ぁ…っきもち、いッ…!」
『っ…ああ、俺もだ』
激しく揺さ振られ朦朧とした記憶の中、彼は確かに笑っていて。
『お前を愛してる…名前っ…』
「あぁんッ!んっ、わ、たし、は…!」
彼が私に寄せる想いを知りながら、貴方ではない他の人を求めて鳴く醜い女を。それでも貴方は、好きだと言ってくれますか?
『ああ――…知ってる』
悲しそうに眉を寄せた原田さんに縋って鳴いた夜。
どちらからとなく零れた涙が一粒、畳に染み込んでいった。
鍛え上げられた胸に頭を預けながらまどろんでいた私はゆっくりと息を吐いた。
「…左之さん」
『ん?』
優しく頭を撫でてくれる彼にしがみ付き搾り出すような声で告げる。
「お願いだから…私から離れないで、…ッ傍にいて」
嗚呼、なんて酷い女。目を瞬かせた彼は次第に目元を和ませふっと笑った。
『…約束する。もう頼まれたって離さねぇよ』
額に触れる熱に、私は自分でも知らない内にゆっくりと弧を描くのだった。