騒ぎ立てると集まってくるのは幽霊と近所のおばちゃん

『うっ…あ、赤い着物の女が…来る…こっちに来る…』
「うわ、本当に赤い着物の女って言ってる。おーい、近藤さーん?」
『近藤さん、いい歳こいて寝言なんざみっともないですぜ』

うわ言のようにそう呟く近藤さんの頬をペチペチと叩けば、同じように総悟も反対側の頬を叩く。

『…これはアレだ、昔泣かした女の幻覚でも見たんだろ』
『近藤さんは女に泣かされても泣かした事はねェ』
「全然起きないじゃん。よいしょっと」

遠い目で現状を理解しようとする銀ちゃんと土方さんを他所に、うつ伏せにした近藤さんの背中に乗ってキャメルクラッチをかければバキバキバキっと骨が凄まじい音を立てた。が、尚も起きる気配はない。

『次は俺の番だぜィ』
「はいよ」

続いて総悟がヘッドロックをかけて綺麗に決めるも、相変わらず近藤さんは白目を剥いたまま目を覚ます気配はない。仕方なく土方さんの隣に座り直す。

『じゃあアレだ。オメーが昔泣かした女が嫌がらせしに来てんだ』
『そんなタチの悪い女を相手にした覚えはねェ。おい名前、聞いてるか』
「いや私に弁解されても。それより土方さん、近藤さん全然起きないんですけど」
『そりゃお前らが揃って追い打ちをかけたからだろうが』
『そのゴリラ起きるどころか落ちてんじゃねーか』
「でもやっぱり幽霊じゃないですか?現に近藤さんは見えない何かにやられてるわけだし」
『ケッ、アホらし。つき合いきれねーや。オイ、テメーら帰るぞ』

がしがしと頭を掻いた銀ちゃんはそう言って立ち上がると、さも当然のように神楽と新八くんの手を取って持ち上げた。

『銀さん…何ですかコレ?』
『なんだコラ、テメーらが恐いだろーと思って気ィ遣ってやってんだろーが』
『銀ちゃん手ェ汗ばんでて気持ち悪いアル』

その様子を見て同じことを思ったのか、総悟と顔を見合わせてにやりと笑う。

「あっ、あんなところに赤い着物の女が!」

言うが早いか、銀ちゃんは派手に音を立てながら押入の中に頭を突っ込んだ。さすがにその行動で神楽と新八くんも気付いたのか、辺りを確認しながらゆっくりと出てきた銀ちゃんを冷ややかな目で見ている。

『いやあの、ムー大陸の入口が…』
「残念ながらうちにムー大陸の入り口はないよ」
『いや、俺には確かに見えたんだ』

どんな言い訳だ。無理がありすぎる。

「でもまさか銀ちゃんにそんな弱点があるなんて。ね、土方さ…って、何してるんですか」

振り返れば、ガタガタと音を立てながら壺に上半身を突っ込む土方さんの姿が。

『いやあの、マヨネーズ王国の入口が…』
「…マジか」

私の一言を合図に神楽、新八くん、総悟の三人は一斉に情けない大人に背を向けた。

『待て待て待て違う!コイツはそうかもしれんが俺は違うぞ!』
『ビビッてんのはオメーだろ!俺はただ胎内回帰願望があるだけだ!』
『わかったわかった、ムー大陸でもマヨネーズ王国でもどこでも行けよクソが』
『『なんだその蔑んだ目は!!』』
「別に蔑んでませんよ。見下してるんです」
『それ一緒の意味だろうが!』

その時、声を揃える二人の背後――襖の隙間で何かが動いた。二人の正面に立っていた私はゆっくりと後退しながらごくりと息を飲む。

「そ、総悟…?あれって…」

徐々に目を見開きながら隣にいた総悟の腕を引けば、突然腕を掴まれて走り出した。つんのめりながら必死に屯所の廊下を駆け抜ける。

「ちょ、今いたよね!?絶対今何かいた!」
『み、見ちゃった!ホントにいた!ホントにいたよ!』
『銀ちゃぁぁん!』
『奴らのことは忘れろィ!もうダメだ!』

すると部屋から爆音が響き渡り、やられたと思った二人が物凄い形相でこっちに向かってきた。

『き、切り抜けてきた!』
『いや待て、あれは…っ!』
『しょ、しょってる!?女しょってるよオイ!』
「二人ともお願いだからこっち来ないでェェェ!」

何で逃げるんだァァ!とか絶叫が聞こえるけどそんなのお構いなしに全力で走った私達は庭に出て蔵の中に身を潜めた。しばらくしてから屯所中に響き渡った悲鳴にびくりと肩が跳ねる。

「…絶対やられた。今ので絶対やられた」
『しめたぜ、これで副長の座は俺のもんでィ』
『言ってる場合か!』
「ちょっと沖田副長、早く明かりつけてください明かり」
『アンタも順応早すぎだろ!』

懐を漁るがお目当てのものは見つからなかったようで、出てきたのは蚊取り線香だった。しかし火が見つからないらしく、近藤さんを回収した時にキャバクラで貰ったマッチを手渡す。

「あーあ、これ土方さんならライター常備してますよ沖田副長」
『だったらお前はチャッ〇マンでも持ち歩け』
『アンタら呑気なこと言ってる場合ですか!』
「いやー…でもあれ多分総悟のせいだからね」
『え?』

きょとんとする新八くんに苦笑いを浮かべながら蚊取り線香を受け取る。

『実は前に土方さんを亡き者にするため外法で妖魔を呼び出そうとしたことがあったんでィ。ありゃきっとそん時のやつだ』
『アンタどんだけ腹の中真っ黒なんですか!?』
『元凶はお前アルか!おのれ銀ちゃんの敵!』
『あーもうせまいのにやめろっつーの!』

新八くんが暴れ出す二人を止めに入ろうと腰を上げる。

「ていうか土方さんと銀ちゃん、ちゃんと退治してくれたかな」

外の様子を確認しようと四つん這いでそーっと隙間から覗き込んだ瞬間、目の前にばさりと音を立てて黒髪が広がった。あまりの衝撃で声も出せずにいると、血走った目がぎょろりと勢いよく動く。

「ひぎゃああああああああ!?」
『!?』

思わず蚊取り線香を落とし、尻もちをついて勢いよく後退すればドンッと音を立てて背中に米俵がぶつかった。あまりの叫び声と私の奇行に三人も動きを止め、驚いた様子でこっちを見ている。

『名前?』
『いきなりどうしたんでィ』
「そ、そそそそそそれ…それェェェ!」

震える指で扉の隙間を指し示すと三人もつられて顔を向ける。月明りに照らされた蔵の外で再びぎょろりとした目玉がこっちを見た瞬間、新八くんは奇声を発しながら素早い動きで膝をついた。

『ぎゃああああ!!でっ…でっでで出すぺらァどォォ!』

しかし次の瞬間、新八くんは何を思ったのか神楽と総悟の頭を掴むと勢いよく地面に押し込んだ。地面が割れるような衝撃音に思わず顔を歪める。

『てめーらも謝れェェェ!人間心から頭下げればどんな奴にも心通じんだよバカヤロー!』

新八くんのあまりの豹変ぶりに恐怖も吹き飛び、鯉口を切ろうと刀に手を掛けた瞬間、幽霊らしき女は何かを拒むように眉を顰めると突然どこかに行ってしまった。そっと扉に近寄り、いなくなったのを確認してから綺麗な土下座を決めている新八くんの肩を揺さぶって隙間を指さす。

「新八くん見て、もう大丈夫だよ」
『!えっ、な、何で…』
「それはわかんないけど…」

そこで足元にさっき落とした蚊取り線香が転がっていることに気付いた。立ち上る煙が扉の隙間から逃げていく様子を見てハッとする。

「もしかして…」
『…蚊取り線香…?まさか、』

すると何かに気付いた新八くんは勢いよく扉を開けると慌てて蔵を飛び出していった。いや何だったのか教えてよ。そう思いながら遠ざかる足音に肩を竦めた私はそこでようやく総悟と神楽が白目を剥いていることに気付いた。

「…え、これ私が運ぶの?」



その後気絶した神楽と総悟を一人ずつ運び出し(というか腕を持って引きずり)、空いている居間に寝かせたところで広間から出てきた新八くんと遭遇した。

『名前さん、あれはやっぱり幽霊なんかじゃありません』
「じゃあやっぱり妖魔?」
『いや違いますって』
「UMA?」
『でもありません。多分、あれは天人です』
「…天人?」
『はい。幽霊にやられた人たちはみんな蚊に刺されたような跡が残ってました』
「なんだ、ビックリして損したー。じゃあ今頃銀ちゃんたちが退治してるんじゃない?」
『そうだといいんですけど…』
「ていうか新八くん、あの二人置いてかないでよ。運ぶのすごく大変だったんだから」
『す、すみません…』

そんなことを話しながら二人で庭に出てみれば案の定赤い着物の女を縄で縛る銀ちゃんがいた。その隣で頭を押さえる土方さんに近付く。

「土方さん無事だったんですね。良かった良かった」
『お前、俺置いて逃げやがった癖によく言うな』

つか総悟は?と尋ねる土方さん。

「色々あって気絶してます。まあそれより…幽霊じゃなくて良かったですね」

にやりと笑えばひくりと頬を引き攣らせた。

「まあいいじゃないですか。完璧な人間なんて存在しないし、いたとしても気持ち悪いだけです。多少欠陥があったほうが魅力的なもんですよ」
『名前お前…』
「ニコ中でもマヨラーでも怖がりでも瞳孔全開でも良い上司だっていますから」
『いや欠陥だらけじゃねェか!…ってそりゃ俺のことかァァァ!』

その後、木に吊るされた天人は今回の騒動について、「子どもを産むためのエネルギーを摂取するために吸血していた」と理由を明かした上で、丁寧に謝罪して帰っていった。

幽霊騒動、これにて一件落着。

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