シャンプー中の背後に感じる気配は守護霊

ミーンミーンミーンミーン…

茹だるような夏の暑い日。巡察を終えて屯所に帰ると、庭にミノムシの如く吊るされている見慣れた三人組が視界に映った。思わず足を止めてじっと見つめていると、白目を剥いていた新八くんが僅かに顔を上げる。

『あ、名前さん…こんにちは』
「どうしたの新八くん、どこかの国の儀式?」
『何でそうなるんですか…』
『自業自得だ』

縁側に腰掛けた土方さんが煙草を吸いながら額に青筋を浮かべる。珍しく静かな神楽は顔が爆発しそうなほど赤く染まっているし、その隣に吊るされた銀ちゃんは喜々とした様子の総悟にコーラをかけられて苦しそうに咳き込んでいる。もはやドSの域を超越してるっていうかただのいじめじゃん。振り返った私は、縁側で静観していた近藤さんが苦笑いを浮かべるのを見て腰元の刀に手を掛けた。





『あ〜気持ち悪いヨ』
『うえぇ…っ』
「で?これ一体どうしたんですか」

嘔吐する新八くんの背中を擦りながら振り返ると、土方さんが呆れたように溜息をつく。

『近藤さんが除霊してもらおうと街から呼んできた拝み屋だそうだ』
「ああ、例の。ていうか相変わらず万事屋も暇してんだね。拝み屋とか胡散臭い以外の何者でもないじゃん」
『おい名前、俺知ってんだからな。お前が昨日駄菓子屋でサボってたの』
「イッタイナンノコトデスカ坂田サン」
『急にキャサリン化してんじゃねェよ』
『とりあえず名前、お前は後で切腹だ』

言いながら立ち上がる土方さん。この人ほんと二言目には切腹だな。

『本来なら叩き斬ってやるとこだが、生憎てめーらに関わってるほどこっちも暇じゃねーんだ』
『幽霊が恐くてもう何も手につかねーってか』
『かわいそうアルな。トイレ一緒についてってあげよーか?』

ぷぷぷ、と笑う神楽に近藤さんがくわっと目を見開いて立ちあがる。

『武士を愚弄するかァァ!…トイレの前までお願いしますチャイナさん!』
『お願いすんのかいィ!』
『いや、さっきから我慢してたんだ。でも恐くてなァ』
「なに近藤さん、それくらいなら私がついてってあげるのに」
『テメェも便乗すんじゃねェ!さらにややこしいことになんだろが!』
『ホラ行くヨ』

神楽に連れられて厠に向かう近藤さんの背中を見て大きく溜息をついた土方さんは銀ちゃんと新八くんに向き直った。

『テメーら頼むからこの事は他言しねーでくれ。頭下げっから』
『…なんか相当大変みたいですね。大丈夫なんですか?』
「全然大丈夫じゃないよ。隊士たちが軒並みやられたおかげで、私は毎日見廻りに駆り出されてるんだから」
『おい名前、俺知ってんだからな。お前が見廻りと称して甘味処でサボってんの』
「それを言うなら総悟だって団子屋の前でサボってたじゃん」
『ありゃ違ェ。団子屋の警備してたんでィ』
「じゃあ私も甘味処の警備してた」
『お前らやめろ、それ以上組織の内情をバラすんじゃねェ』
「ワケのわかんないもんにやられて隊士が寝込んでるってのはバラしてもいいんですね」

基準がいまいちわからない。肩を竦めれば土方さんは胸ポケットから煙草を取り出して口にくわえた。どうやら相当参っているらしい。

『ったく、幽霊騒ぎ如きで隊がここまで乱れちまうたァ情けねーよ。相手に実体があるなら刀でなんとでもするが、無しときちゃあこっちもどう出ればいいのか皆目見当もつかねェ』
『まさか…土方さんも見たんですかィ?赤い着物の女』
『…わからねェが、妙なモンの気配は感じた。ありゃ多分人間じゃねェよ』
『『痛い痛い痛い痛い痛いよ〜お父さーん!』』
『絆創膏持ってきてェェ!!できるだけ大きな、人一人包み込めるくらいの!』
『オメーら打ち合わせでもしたのか!』

綺麗に声を揃える銀ちゃんと総悟に土方さんが青筋を立てる。

『つーか名前、お前は何も感じてねェのかよ』
「私がそんなの感じ取れると思います?」
『そうだな。悪い』
「謝られると余計馬鹿にされてるように感じますね」
『まさか名前が夜に遭遇した隊士を攻撃してるってオチじゃねェよな?』
「いやそれ私に何の得があるのさ」

女という共通点だけで無茶苦茶言ってくる銀ちゃんに溜息をつく。

『赤い着物の女…確かそんな怪談ありましたね』
「怪談?」
『はい。僕が通ってた寺子屋で一時期流行ったんですよ。えーっと、何だったかな』

怪談の内容を思い出すように腕を組む新八くんを見ていると、突然隣に何かの気配を感じた。ぴったりとくっついてきた気配に顔を上げる。

「…土方さん、近いんですけど」
『あ?そんなことねェだろ、お前の気のせいだ』
「いやパーソナルスペースどうなってるんですか。腕とかくっついてますよ」
『そうだ、思い出した!』

一向に離れる気配のない土方さんに肩を竦めて、仕方なく話を続ける新八くんに向き直る。

『あれは夕暮れ刻の話です。授業が終わった生徒が寺子屋の中で遊んでいると、誰もいないはずの校舎に赤い着物を着た女がいたそうです。それで、何してるんだって訊くと』
『ぎゃああああああ!!』

突然屯所中に響き渡った叫び声に顔を見合わせる。

「今の声って…」

厠の方からだ。もしかしなくても、これは近藤さんの声で間違いない。一斉に厠に向かって走り出す。

『神楽どーした!?』
『チャックに皮が挟まったアル』
「いやそれくらいじゃあんな大声出ないでしょ」
『どけ!!』

土方さんが蹴り破った先には用を足してる最中だったのか、半ケツ状態で便器の中に頭を突っ込む近藤さんの姿があった。いや、どうしたらそうなるのさ。

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