つるむ友達はよく考えろ

「あ、万年金欠やさぐれニートの銀ちゃんだ」
『ちょっとやめてくんない変なあだ名つけるの。それイメージ最悪じゃん。ただのマダオじゃん』
「大丈夫、銀ちゃんは誰が見てもただのマダオだから」
『名前ちゃん俺の事嫌いでしょ』
「そんなことないよ。あんまり仲良くしたくないだけで」

それ遠回しに嫌いって言ってんじゃん、と肩を落とす銀ちゃんを見て、ふとあることを思い出す。

「てか銀ちゃん、丁度いいところで会ったね」
『あ?』
「私のこと、女神名前様って称えるなら…これ、一枚譲ってあげてもいいけど?」

懐からぴらりと取り出したチケットに銀ちゃんが目を見開く。と思えば、突然地面に膝をついて、私に向かって手を合わせた。

『めっ…女神名前様ァァァァ!』





「やだーこのタルト超美味しいー!」
『うわやべぇ、モンブランもイケる』
「ほんと!?ちょ、私にも一口ちょうだい!」
『んじゃ俺はそのチーズケーキ貰うわ』

場所はかぶき町のとあるカフェ。開店セールと称してケーキバイキングを開催していたため、甘味が大好物な私は、街で偶然出会った銀ちゃんを誘ってやってきた。

『で、名前ちゃんは何で招待券なんて持ってたの』
「この前スーパーで万引き犯とっつかまえたら店長さんがくれたの。こんな物で悪いけどって」
『何だかんだで仕事してるよな。俺サボってるとこしか見たことないんだけど』
「土方さんのマヨネーズ買いに行ったら巻き込まれたんだよ。お陰でマヨネーズのお嬢ちゃんなんて変なあだ名つけられてさ」
『おたくのとこのマヨラ上司も人使いが荒いねェ』
「ブラックもいいとこだよ、本当に」
『ウチに転職する?名前ちゃんなら大歓迎』
「銀ちゃんとこはブラックな上に給料未払いでしょ。悪いけど公務員様はそういうとこちゃんとしてんの」
『んだよ、連れねぇなー』

不服そうな顔をする銀ちゃんに笑いながらフルーツタルトを口に運ぶ。

「あー幸せだぁ…」

だらしなく頬が緩む。何て幸せな時間だ。日頃のストレスがこれで全部吹っ飛んだ気がする。

『ったく、可愛い顔しやがって』
「うへへー。だってぇーここのケーキ美味しいんだもんー」
『つか今日は非番なの?』
「やだもう銀ちゃんってば。そんな野暮な事聞かないの」
『つまりサボってんのね』
「人聞き悪いこと言わないでよ。もうデートしてあげないよ」
『へいへい、それは悪うござんした。…あ?あれお宅のマヨラーじゃね?』
「ちょっと銀ちゃん、今私幸せな時間満喫してるんだけど。そういう笑えない冗談やめて」
『いや、マジで。見てみろって』
「…あらま」

言われて外に目を向ければ、ガラスの向こうで見廻り中の土方さんが目に入った。どうやら今日は原田さんと見廻りのようだ。彼の頭に降り注ぐ直射日光のおかげで、今日は一段と彼のスキンヘッドが眩しい。

『お、こっち気付いた』
「わお」

その瞬間、振り返った土方さんとばっちり目が合った。ひらひらと手を振れば、彼の眉間にしわが刻まれていく。しかし隣の銀ちゃんに気付いた瞬間、目を見開いた土方さんは口にくわえていたタバコを地面に落とした。その顔があまりにも面白くて、つい悪戯心が芽生える。

「はい銀ちゃん、あーん」

するとにやりと笑った銀ちゃんが口を開ける。

『なに名前、今日はやけに可愛いじゃん』
「えへへー」

どこからどう見てもバカップルな私達。ちらりと窓ガラスの外を窺えば、わなわなと震えている土方さんが見えた。今にも乗り込んできそうな彼だったが、偶然にも街で騒ぎがあったようで、慌てた様子の原田さんに引きずられていった。

「あはは!土方さん、すごい顔してたー。はー面白い!」
『名前ちゃんもなかなかのドSよね』
「あの人、悪戯仕掛けると面白い反応してくれるから、つい」
『ふーん』

適当に相槌をうった銀ちゃんがケーキにフォークを指しながらぽつりと呟く。

『お宅のマヨラも大変だな』
「そりゃ、手のかかるゴリラもドSな弟分も自由奔放な妹分もいればね」

肩を竦める銀ちゃんに、にっこりと笑った。


***


『土方さん、今日はいつも以上に瞳孔開いてらァ』
『あァ!?』
『隊士が怯えるんでやめてくだせェ』

一足先に夕食を食べ終え、隣を通り過ぎた総悟が呆れたように溜息をついてくる。
そうは言われても、昼間に見た光景が頭から離れない。
名前の馬鹿が仕事をサボってあろうことか万事屋と…デートをしていた。前者はこの際見過ごすにしても、後者はそうもいかねェ。あいつは何かと気に食わねぇからあんまり仲良くするなと何十回、いや何百回も釘を刺したにも関わらず、総悟と一緒になってつるんでいる。

『(いや落ち着け、あれはデートじゃねェ。そうだ、きっとあれはデートなんかじゃ)』
「あ、土方さんお疲れ様でーす。ここいいですか?」
『!あ、ああ』

椅子を引いて前に腰掛けた名前。いただきます、と手を合わせる姿を盗み見る。
普段の行動が馬鹿だから薄れてしまうが、顔だけ見るとこいつは確かに可愛い。隊士の中でも狙ってるやつは多い。いや、本当に馬鹿だけど。

『…名前、お前に聞きたいことがある』
「はい?」
『あーいや、何だ…その…』
「あ、マヨネーズいります?」

俺の前にあったマヨネーズを手に取り、蓋を開けたと思えば俺の丼に回してかける。

『いや、そういうわけじゃ…ああもういいって自分でやるから。こぼれてるこぼれてる』
「おっといけねぇや。で、何ですか?」
『その、何だ。えーっと…つまり、そのー…』
「女子高生の恋愛相談じゃないんだから早く言ってくださいよ」
『よ、万事屋とは…つ、付き合ってんのか?』
「…銀ちゃん?」

きょとんとした顔で首を傾げる。かと思えば、何かを思い出したかのように「あーはいはいはい」と言いながら頷く。

「かっこいいですよね」
『かっ…おま、あ、あんな死んだ魚みたいな目した奴がいいのか?』
「でも頼りになりますよ。強いしノリいいし、何だかんだ言って優しいし」

…まさか、本当に?疑いが徐々に確信に変わり始め、それに合わせて心拍数が速まる。

『何でィ名前、いつの間に旦那とそんな仲になったんでさァ』
「ちょっとやだ、盗み聞きとかやめてよ総悟」
『土方さん、とりあえず旦那の趣味が悪いってことだけはわかりやしたね』
「よし決めた、今日中に総悟のゲームデータ全部消す」
『みっ…』
「み?」
『認めませェェェェん!』
「は?」
『俺は認めねェからな!あんな天パ野郎がお前の彼氏なんて、俺は絶対認めねェ!』
「いや、何で土方さんの許可がいるんですか」
『今回ばかりは名前が正しいですぜィ』
『うるせぇ!心配すんのは上司として当然のことだろ!あとこれ以上変な関係持ちたくねェんだよ!』

突如奇声をあげながら立ち上がった俺を、偶然食堂に居合わせた隊士たちが驚いたように見上げてくる。が、そんな視線すら気にならないほど今の俺は混乱していた。

「もう、落ち着いてくださいって」
『これが落ち着いていられるか!よりによって何でアイツと』
「別に私が誰と付き合ってもいいじゃないですか」
『それはっ』
「心配してもらえるのは有り難いと思いますけど、自由に恋愛する権利も責任も、全部私にありますよね?土方さんは仕事上では上司ですけど、プライベートのことまで規制するのは間違ってませんか?」

返ってきたのは正論で、思わず言葉に詰まる俺を名前がじっと見上げてくる。その隣では総悟がニタニタと嫌な笑みを浮かべていた。

『何でィ土方さん、そんなにこいつの恋愛事情が気になるんですかィ?』
『はァ!?いや、別にそういうわけじゃ』
『いやー名前ってば罪な女だねィ』
「我ながら愛されてるなぁー。総悟も私のこと好きで仕方ないみたいだし?」
『寝言は寝て言えよブス。お前その年で鏡の一枚も持ってねぇのか』
「手のひら返しが残酷すぎる」
『っお前ら…』

悪ノリする名前に頭痛を覚え始めたところで、ようやくこっちを向いた名前がにこりと笑った。

「ていうか、別に銀ちゃんとはそんな関係じゃないですよ」
『……、は?』
「だから、銀ちゃんとは付き合ってませんって」

ズズズ、とみそ汁を啜りながら名前はそう言った。
俺が名前の発言を理解するのと、勢いよく机に手をつくのはほぼ同時だった。

『はああああぁぁ!?』
「うおっびっくりした」
『おまっ、だったら何であんなこと』
「土方さんがどんな反応するのか気になっちゃって、つい」
『…』

首を傾げた名前に思わずチィッと盛大な舌打ちをすれば、それまで遠巻きに見ていた隊士たちも今度こそ蜘蛛の子を散らすように逃げていった。額に青筋を浮かべる俺とは正反対に、みそ汁を飲み終えた名前がゆっくりと顔を上げる。

「土方さん」
『…何だ』
「そんなに心配してくれなくても大丈夫ですよ。私はあくまで、お仕事優先ですから」

そう言って笑う名前に口を開きかけて、飛び出しそうになった言葉を飲み込む。残り少なかった親子丼を早々にかき込んで席を立てば、呆れたような表情を浮かべた総悟と目が合った。
床を踏み鳴らして歩く姿を見てか、すれ違う隊士がぎょっとした顔で道を開ける。

『チッ…何だってんだ一体』

ここ最近は特に名前に振り回されてばかりだ。
チッともう一度舌打ちをして、苛立ちをぶつけるように勢いよく部屋の襖を閉めた。


***


『嵐が去ったな』
「ね。思いのほか吃驚させちゃったみたい」
『いつまで妹だと思ってんだか』
「もう二十歳も過ぎたっていうのにね」
『全くでさァ』

私のお皿に残っていた唐揚げをつまみ食いした総悟が咀嚼しながら肩を竦める。

「まあでも、今回ばかりは私も反省しなきゃね」
『へー珍しい。明日は槍でも降るんですかねィ』
「いや、まさかあんなに怒らせちゃうとは思ってなかったし」

ふうん、と呟きながらちゃっかり次の唐揚げに手を伸ばす総悟の手をはたく。
恨めしそうに見上げてくる総悟から視線を逸らし、いつの間にか残り一つになっていた唐揚げを口に放り込んだ。

「やっぱりさ、小さい頃から面倒見てくれてたわけじゃない。そんなお兄ちゃんの気持ちを弄ぶようなことはよくないかなーって」
『…本当に、それだけの理由なのかねィ』
「ん?」
『いんや。まあとにかく、こっちにまで迷惑かけんなよ』
「はいはい。おやすみね」
『おう』

去っていく背中をぼーっと眺めていれば、机の上に投げ出してあった携帯がメールの受信を知らせた。送信者は、私の数少ない同性の友人。一通り目を通して送信まで済ませると、食器をもって立ち上がる。

「…お兄ちゃん、ね」

私以外誰もいなくなった食堂に、耳鳴りがするような静けさが訪れる。
アナログ時計の秒針が進む音だけが、やけに大きく聞こえた。

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