いつもサボってる奴に限って実は裏で努力してたりする

「ふあーあ…」
『お疲れ様』
「ん、ありがと」

車内の限られたスペースで手足を伸ばせば、隣から缶コーヒーが差し出される。しかも私が大好きなハイミルク。有難く受け取ってグイっと飲めば、靄がかった頭が冴えていくようだった。

『でも本当に、名前ちゃんが動いてくれて助かったよ』
「まあ、今ザキが殺されたら困るのは私たちだし。…でもまさか、あいつらがこんなに早く動くなんてね」

流れる景色を見ながら呟けば、窓に反射したザキが同意するように頷いた。

「これから忙しくなるだろうなぁ」

残り少なくなった缶コーヒーに口を付けたところで、ついさっき電源を入れたばかりの携帯が着信を知らせた。

「はーいもしもし、こちら名字…え、妙ちゃん?どうしたの?うんうん、…え、ゴリラが脱走してきた?下着泥棒も捕まえた?あーうん、それじゃすぐ向かうわ。今?今はちょうど張り込みが終わってその帰りなんだけど…え?あ、ううん、全然気にしないで、どうせ帰り道だし。うん、じゃあまたあとでねー」
『姐さんから?』
「いつものだってさ。このまま恒道館寄ってくれる?」
『いや、ていうかすごいパワーワードが聞こえたんだけど』
「あー何か今さ、下着泥棒が騒ぎになってたじゃん?タキシード仮面だかふんどし仮面だか知らんけど。あれを捕まえたんだって」
『うん、タキシード仮面に謝ろうね名前ちゃん。ていうかそれを捕まえたって…さすが姐さん…』
「私も屯所暮らしじゃなければ確実に被害に遭ってたわー。危ない危ない」
『名前ちゃんってほんとブレないよね。最早尊敬に値するよ』
「ありがとう」
『褒めてるわけじゃないんだけどな。まあいいや』

「恒道館」と書かれた道場の前に車を停めさせて、中でザキを待たせる。閉ざされた門をノックすれば、それはすぐに家主によって開かれた。

「こんばん、…え、妙ちゃん?どうしたの?」
『名前さん、夜遅くにごめんなさいね』
「いやそれは全然いいんだけど…あの、何で全身真っ黒?」
『ふふ、色々とあったのよ』

門を抜け、敷地内に足を踏み入れた私は異臭に顔を顰めた。これは…火薬?

『実は、ちょっと地雷を踏んじゃって』
「へー地雷を………、地雷?」
『あっ、名前さん!そこら辺気をつけた方が…!』
「え」  カチッ





『おう、帰ったか…って、何でそんな灰だらけなんだ』
「どっかのバカゴリラのせいです」

玄関先でばったりと遭遇した土方さんが訝しそうに視線を送ってくる。イライラをぶつけるように両肩に担いでいた男二人を投げ捨てた。

「これ、下着泥棒とストーカーです。この報告書は明日出しますから。内偵報告はザキに全部伝えといたんで、あっちに聞いてください」
『は?下着泥棒?何かこっちだけじゃなくてこっちのゴリラもボコボコなんだけど。おい、ちゃんと説明しろ名前…っていねェェ!』

土方さんのシャウトを遠くに聞きながら早足で部屋に戻ると、重要任務から解放された安心感からか、泥のように眠ってしまった。



***



「祭りに行く将軍の護衛ぉ?なにそれ面倒くさ…」
『おい名前、呑気に欠伸してる場合じゃねェぞ』
「私張り込みで一週間ろくに寝てないんですけど」

それなのにちゃんと朝早くに起きて会議に参加してる私を誰か褒めて欲しい。毎日よく頑張ってるで賞とかがほしい。それで7個貯めたら有給一か月分くらいほしい。

「ってわけで誰か褒めてください」
『とにかく、将軍にかすり傷一つでもつこうものなら俺達全員の首が飛ぶからな。そのへん心してかかれ』
「無視ですかそうですかコンチクショー」

ブラックにも程がある。もしかしたらこれ万事屋のほうが待遇いいんじゃないの?本当に転職するぞ。

『それから、江戸にとんでもねェ野郎が来てる』
『とんでもねー奴?一体誰でェ。桂の野郎は最近大人しくしてるし』
「桂じゃないよ。もっと厄介な方」

欠伸を噛み殺しながら口を挟めば、ようやく全員の視線がこっちに向いた。何で今まで頑なに無視してたんだよコノヤロー。私だって泣くぞ。文句を言いたいのをぐっとこらえる。

「少し前、料亭で会談をしていた幕吏十数人が皆殺しにされた事件あったでしょ。犯人は見つからず現在も逃走中。…昨日まで、私とザキはそいつのことを追ってたの」
『それって』

思い当たる節があったのか、身を乗り出した総悟に頷く。

「そう。あの事件の黒幕は…過激派攘夷浪士、高杉晋助。そして奴が、今この江戸に来ている」

攘夷浪士の中でも、最も過激で最も危険な男。この組織に身を置いていれば、誰でもその名前と危険性を知っている。ゆっくりと広間を見渡せば、隊長たちの後ろに控えていた隊士たちがごくりと息を飲んだ。

『そういうわけだ。お前ら、今まで以上に気ィ引き締めていけよ』

鋭い眼光で土方さんがそう言い放つと、隊士は揃って真剣な顔で頷いた。

「…とは言え、こんな真昼間から警戒してもなー」

見廻りもいつも通り。民間人同士による多少の揉め事はあれど、特別怪しい動きをする高杉一派は見当たらない。いくら過激派といえど、真昼間の往来で注目を集めて捕まるようなヘマはしないだろう。
となると、私の足は自然とこっちに向かうわけで。

『あら、いらっしゃい名前ちゃん。久しぶりねぇ』
「おばちゃんも久しぶり。元気してた?」
『あたしゃいつでも元気だよ。それより名前ちゃん、ちょっと痩せたんじゃないのかい?それ以上可愛くなってどうするの』
「やだもーおばちゃん!そんなこと言っても何も出ないよ」

外に出された長椅子に腰掛ければ隣に湯呑が置かれる。

『やっぱりお役人さんは忙しいのかい?』
「まあね。最近は色々あって特に」
『あらまぁ…それじゃ、三日後のお祭りも行かないの?』
「会場自体には行くんだけど、残念ながらそれも仕事。まったく、面倒臭いったらありゃしない」
『本当によく働くねぇ。名前ちゃん、団子オマケしてあげるから頑張っておいで』
「え、いいの!?」
『もちろんだよ。いつもお勤めご苦労様』

にっこりと笑ったおばちゃんがお皿に乗った団子を持ってくる。早速口に入れれば、江戸で一番だと謳われる自家製のタレが口の中一杯に広がった。ああ、なんて贅沢な時間。お仕事頑張ってきて良かった…!
久しぶりに感じた人の優しさと団子の美味しさに感動していると、隣に見慣れた銀色の天パが腰掛けた。

『おい名前、お前こんなとこでサボってちゃ駄目だろ』
「それ銀ちゃんには言われたくないんだけど」
『おたくの上司に黙っててあげる代わりに団子よこしなさい。あ、美味ェ』
「ちょ、何勝手に食べてんのォォォ!?それ私の団子!」
『いいじゃねェか、俺らの仲だろ?』
「銀ちゃんってそういう時だけ都合いいよね。もうほんとそれだけにしてよ」
『わかったわかった』

言いながら二本目に手を伸ばす銀ちゃんの手の甲を抓る。

「銀ちゃんの耳は飾りなのかな?」
『いたたたたた、ちょっと待ってそれ地味に痛い!』

ぱっと手を離せば、二本くらいいいじゃねェか、と呟きながら赤く腫れた手の甲を擦った。

「これは私へのご褒美だからダメ」
『へー、ご褒美ねェ』
「ダメだっつってんじゃん。ほんと銀ちゃんそろそろ刺すよ?」
『じょ、冗談だって…』

懐に忍ばせた匕首をちらつかせれば、銀ちゃんの顔からさっと血の気が引いた。

『つーかだいぶ疲れてるみたいだけど』
「んー…まあ、腐っても警察だからね。こっちも色々やることあんの」
『色々、ね』
「そ、色々」

二人の中間地点にあった団子の皿を自分の領域まで引き寄せて、一本手に取る。
それきり黙ってしまった銀ちゃんだけど、不思議と気まずさはない。それどころか、穏やかな陽気と居心地の良さから、私の意思に反して徐々に瞼が下がってきた。

「(ねむ…)」

大きく欠伸をしたのを最後に、私の意識は深い暗闇に落ちていった。



『…あれ、名前?』

ぴたりと動かなくなった名前を不思議に思って呼びかけると、肩に何かが落ちてきた。顔を向けると、目を閉じてすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる名前の顔が思いのほか近い位置にあった。

『おーい…名前ちゃーん?』

規則的に上下する肩。半開きになった唇。どこからどう見ても熟睡している。何度か呼びかけるが、聞こえてくるのは穏やかな寝息だった。ひとまず名前が手に握っていた食べかけの団子を抜き取り、皿に置く。

『あら。名前ちゃん眠っちゃったのかい?』
『婆さん』
『まあ無理もないね。この子しばらく働き詰めだったみたいだから』

そう言われて肩が動かない程度に顔を覗き込めば、確かに目の下の隈が目立つ。疲れているとは思ったが、まさかここまでとは。

『ったく、また無理しやがって』

舟を漕いだ拍子に垂れてきた髪をそっとよける。錦糸のような手触りに感動していれば長いまつげが微かに動き、小さく開いた唇が微かな音を漏らした。

「んー…ひじかたさ…」
『あ?おいおい、夢の中までアイツのことかよ』
「それマヨネーズちゃう…タルタルソースや…」
『ぶはっ』

一体どんな夢を見ればそんなセリフが出るんだよ。笑いをこらえながら幸せそうに眠る真っ白な肌に手を伸ばす。

『おい』

その声で、あと数センチで頬に触れそうだった手がぴたりと止まった。鋭い口調で牽制した声の主は俺に視線を向けると真っ直ぐ歩いてくる。すぐ前で止まると威圧的に見降ろしてきた。

『何やってんだテメェは』
『随分と早いお迎えだな。さてはお前も名前のストーカーか?お前んとこのストーカーは一人で十分だろ』
『誰がストーカーだ。そいつは俺が預かる』
『折角いいとこだったのによ』

へらりと笑えばヤツの額に青筋が浮かんだ。

『っとに油断ならねェなテメェは』
『つーか、名前ちゃん相当疲れてるみたいだけど。おたくらちょっと働かせすぎなんじゃないの?』
『うるせェ外野は黙ってろ』
『つっても、名前ちゃんまだ二十歳だろ?そんな時期に仕事仕事って、』

肩を竦めた俺は、肩から重みが消えたことに気付いた。ぐらりと大きく傾いた名前に手を伸ばすよりも先に、ヤツが屈んで抱き留める。行き場のない手を静かに戻せば鋭い眼光が睨み付けてきた。

『いいか、コイツには絶対に手ェ出すなよ』
『…へいへい、わかってますよ。けど土方くんさぁ、ちょっと過保護すぎるんじゃない?』
『俺はこいつがガキんときから知ってんだ。兄貴分として心配すんのは当たり前だろ。それにしても…こいつといい総悟といい、何でお前みたいな奴に懐くかね』

呆れたように溜息をついたところで、大人しく腕の中に収まっていた名前が「ふああー」と声を漏らした。

「んーよく寝たぁ…、…あれ、土方さん……?」
『よお、やっと起きたか』
「………?…!!??え゛っ嘘本物の土方さんッ!?」

それが夢じゃないと気付くと、勢いよく立ち上がった名前は慌てて敬礼のポーズをとった。

「いやあの、これは別にサボってるわけじゃなくて…!あっ、そうそう日向ぼっこ!日向ぼっこしてたんですよ私!ほら、光合成すればもっとやる気が出るかなって!」
『(いやその言い訳は無理があるだろ)』

慌てて弁解する名前を見て素直にそう思う。そもそも人間は葉緑体がないから光合成も何もないだろう。もう少しまともな言い訳があったはず。もしかしてまだ寝惚けているのか?とも思ったが、そういえば普段から名前はこういう子だった。

『いいから早く帰るぞ』
「私、もしかして怒られます?正座1時間コース?それとも石責?もしくは鞭打ちの刑…!?」
『誤解を招くような発言してんじゃねェよ。別にお前を拷問にかけたことは一回もねェだろうが。…今回は目をつぶってやる』

それだけ言って背を向けた土方を見て、名前は安心したように顔を綻ばせた。

「銀ちゃん、またね!あっ、おばちゃんもご馳走様!また来るね!」

笑顔で手を振る名前にひらひらと手を上げる。いつの間にいたのか、俺の隣には婆さんが穏やかな顔で手を振り返していた。

『副長さんに取られちゃったねぇ銀さん』
『あ?ったく、余計な事詮索してんじゃねェよ。これだから年寄りは』
『誰が年寄りだ。あたしゃまだピチピチの80だよ』
『そろそろ迎えが来てもおかしくねェな』
『…ところで銀さん、そこの団子代は払っとくれよ』
『えっ』

 - Back - 

TOP