お祭りの夜ってテンション上がるよね

『近藤さん、俺ちょっとウンコ行ってきやす』
「右に同じでーす」
『ちょ、名前!年頃の女の子がウンコとか言っちゃダメでしょ!?』
「あれ、私そんな直接的に言ったっけ」
『じゃ、そういうことなんで土方さんには言っといてくだせェ』
「お願いしまーす」
『二人とも迷子にはなるんじゃないぞ!』

近藤さんの声を背にすたすたと人込みに向かって歩き出す。

『あ、イカ焼き発見』
「私も欲しい。ちょっと総悟行ってきて」
『自分で買え』
「あっそう。じゃあもういいよリンゴ飴買ってくるし」
『俺の分も頼みまさァ』
「総悟さ、不平等って言葉知ってる?」

ということがあって一人でぶらぶらしていると、少し前に見慣れた背中を見つけた。
祭りは賑わっているというのに、相も変わらず気だるげな雰囲気の天パに後ろから近づく。

「ぎーんちゃん」
『あ?何だ名前か。あれ、浴衣期待したのにこんな日まで仕事?』
「そうそう。どこかのバカ殿が祭りを見たいとかほざいたお陰で護衛に駆り出されてるの」
『警察らしからぬ発言だなオイ』
「ていうか銀ちゃん一人でこんなとこにいるの珍しくない?神楽と新八くんは?」

背伸びして人混みを見渡すが、二人の姿は確認できない。

『アイツらなら別行動。各自好き勝手してんだろうよ』
「ああ、そうなんだ」

若干神楽が心配だけど、保護者の新八くんがついていればきっと大丈夫だろう。

『で、名前はこんなとこで油売ってていいのかよ』
「近藤さんにはトイレ行ってくるって伝えたから大丈夫」
「いやそっちじゃなくて、」

突然明るくなった空に顔を上げれば、夏の夜空を彩る綺麗な華が浮かんでいた。

「あ、花火!」
『おー』
「すごい、綺麗だね!さすが源外さん」

次々に打ち上げられていく大輪の花。夢中になって空を見上げていると、突然背後に微かな殺気を感じた。

『やっぱり祭りは派手じゃねーと面白くねェな』
『!』

その声を聞くや否や、銀ちゃんは素早く木刀に手を掛けた。同じタイミングで懐に手を忍ばせれば、首筋にひやりとした冷たさを感じる。

『女、動くなよ』
「っ…」
『まさか白夜叉ともあろうものが後ろをとられるとはなァ…銀時、てめェ弱くなったか?』
「(白、夜叉…?)」

それはかつて桂や高杉と共に名を馳せた攘夷戦争の英雄。僅かに目を見開けば銀ちゃんが一瞬視線を寄越すが、考え込んでいた私はそれに気付かなかった。
すると次の瞬間、空に向けられていたカラクリの腕が突然方向転換して将軍に向けられた。遠方で爆発音が聞こえると同時に、混乱した民衆が声を上げて逃げ始める。

「(まさか、混乱に乗じて将軍を狙うつもり?)」

それだけは何としてでも阻止しないと。ごくりと息を飲み、首筋に当てられたままの匕首に視線を落とす。もう片方の手は銀ちゃんの背中。…いける。

『最近俺の周りをコソコソ嗅ぎ回ってたのはテメーだな』
「そう…気付いてたん、だ!」

言いながら一歩踏み込んで振り返り、手に持っていた匕首を勢いよく振り下ろせば、後退した男はまるで暗闇のような目をスッと細めた。首筋からつつ、と流れる血を雑に拭って一歩ずつ後退する。

「高杉晋助…今すぐアンタを捕まえたいとこだけど、今は市民の安全が第一だからね」
『ククッ…俺を捕まえる、ねェ』
「それと銀ちゃん、また今度話聞かせてもらうからね!」

不敵に笑った高杉がそれ以上近づいてこないことを確認すると銀ちゃんの返事を待たずに走り出した。総悟にはいつもノロマだとか言われるけど足の速さには自信がある。田舎育ち舐めんなよ。

「みなさん、出口はこちらです!落ち着いて非難してください!」

一般市民を安全な場所へ誘導しながら真選組と合流すべく広場を目指して進んでいると、衝撃的な光景が飛び込んできた。

「カラクリが市民を襲ってる…?」

驚くのもつかの間、カラクリはこちらに気付くと、まるで明確な意志を持っているかのような動きで腕を振り上げて攻撃態勢になった。すぐ側まで迫ってきたカラクリに咄嗟に刀を抜くと渾身の力で無機質な体を斬り落とす。崩れ落ちた巨体に息つく間もなくカラクリたちは次々と襲い掛かってきた。

「っだああああもう面倒臭ェェェ!」

苛々しながら斬り捨てていくと辺りに見慣れた隊服がいるのに気付いた。いつの間にか合流していたらしい。

『あっ名前おかえり!』
「近藤さん!ちょ、これ一体どうなって」
『それより聞いてよこれ!俺の虎鉄ちゃんが!』
「後にしろォォォ!今はこれをどうにかしないと、!」

気配に気付いて振り向けばカラクリがまるでロケットパンチのように腕を向けてこちらに狙いを定めていた。咄嗟に近藤さんの前に飛び出した瞬間、それはピタリと動きを止めると突然爆音を立てて崩れ落ちていく。

「ちょ、これ一体何がどうなって…!」

爆風から顔を守っていた腕を退ければ、途中で別れた総悟と神楽が立っていた。が、どこか様子がおかしい。

『祭りを邪魔する悪い子は…』
『だ〜れ〜だ〜』

近藤さん曰く”妖怪祭り囃子”こと祭りの神の登場で士気が上がった隊士たちが一気に畳みかければカラクリたちは機能を停止し次々に倒れていった。

その後、ようやく落ち着きを取り戻した広場の中を歩きながら被害状況を確認して回れば、屋台など破壊された部分はあれど怪我人が出た様子はないようでほっと息をつく。
動かなくなったカラクリの上に腰掛け、コンコン、とノックするも当然返事はない。

「…白夜叉、か」

ふわふわの天パを思い出して空を見上げる。そういえば、銀ちゃんの過去を詳しく聞いたことはなかった。でも確かにそう考えれば、あの強さも納得がいく。

『ここにいたのか』
「あ、土方さんお疲れ様です。将軍様は無事でした?」
『ああ。かすり傷一つねェよ』
「良かったー!切腹は免れましたね!」
『切腹は免れたがお前は持ち場を離れた罰として一か月減給だ』
「うええええ!?何でですか!私ちゃんとカラクリ倒しましたよ!?」
『そりゃ結果論だろうが。これを機にそのサボリ癖直しやがれ』
「鬼!悪魔!マヨマヨ星人!」
『言ってろ。ほら帰るぞ』

呆れ顔で近寄ってきた土方さんにせめてもの抵抗として顔を逸らす。ちなみにこれは撤回するまで帰らないもんね!という無言のアピールである。

『おい名前』
「…何ですか、何と言われても私は帰りませんからね」
『その傷どうした』
「…傷?」

首を指さす土方さんを見て同じように自分の首に触れれば、ぴりっとした痛みが走った。ああ、と数分前にあった出来事を思い出す。

「これ、少し前に高杉にやられたんですよ」

幸いにも傷はそう深くなかったようでもう血は止まっている。今回は運よく助かったとはいえ動脈を深く抉られれば即死してしまう。密偵に入ってたのも何故かバレてたみたいだし、今後は今まで以上に気を付けなければ。

『高杉だと…?』

険しい顔でこっちを見ている土方さんに気付き、ゆっくりと視線を逸らした。

「あー…いや、やっぱり今の無しで」
『できるわけねェだろうが!何やってんだテメーは!』
「ひえ…っそ、そんなに怒らないでくださいよ!取り逃がしちゃったのは確かに私の責任ですけど、将軍様も民間人も無事だったわけですし」
『俺が言ってんのはそうじゃねェ!もしお前に何かあったらどうすんだよ!』
「えっ…あ、そっち?いやそれは別に大丈夫ですよ、死なない程度に何とかしますし」
『前から馬鹿だとは思ってたが、まさかここまでの馬鹿だとはな…この馬鹿が!』
「いやそんな何回も言わなくても…」

いじけてのの字を書いていると、土方さんは呆れた様子で深く溜息をついた。

『早く帰るぞ』
「…お給料戻してくれます?」
『何で戻してもらえると思ったんだよ。二か月間の減給だ』
「は!?だったら私帰りませんよ!」
『駄々こねんじゃねェ早く帰るぞ』
「嫌だ、私絶対に帰らない!」
『なら置いてくからな、一人で歩いて帰ってこいよ』
「何でこんなとこに置いてくんですか呪いますよ!?」
『どっちなんだよテメーは!』
「いーやーだー!」

ぎゃーぎゃーと騒いでいたが、結局土方さんに引きずられて帰るハメになった。解せぬ。
そして彼の宣言通り、その後二ヶ月はろくな収入もなくジリ貧生活が続くことになる。

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