バカは風邪を引かないんじゃなくて風邪を引いたことに気付かないからバカだって何回言ったらわかるの!

「ぶえぇっくしょい!!」
『名前ちゃんオッサンじゃないんだから…』
「うるさいよ地味なオッサ…っぶぇぁっくしょん!あーっクソ」
『ちょっとォォォ!スプラッシュマウンテンこっちまで来てるんだけど!!しかも今どさくさに紛れて地味なオッサンって言ったよね!?言ったよね!?』
「いやー鼻ムズムズするわー」
『風邪でも引いたんじゃない?最近夏風邪流行ってるみたいだし、体調管理には気を付けた方が良いよ』
「ジミーのくせにオカン気取りとかマジウケる」
『はいはい、俺は忠告したからね』

というのが昨夜の出来事。

ピピッ。
軽快な電子音を合図に脇から体温計を取り出す。そこに示された数値に思わず乾いた笑みが漏れた。

「…39.0℃……」





「こ、これで…だいじょうぶ…」

あまりの高熱に立ち歩くこともままならなかった私は、何とか近藤さんにメールを送信すると力尽きたように顔を布団に埋めた。すると数分もしないうちに騒がしい足音が遠くから聞こえてくる。ああ、頼むから今はそっとしといて。私のとっておきのアイスあげるから。そんな願いもむなしく、スパーンと勢いよく開いた襖から飛び込んできたのは号泣する近藤さんだった。ものすごい勢いで近寄ってきたかと思えば布団の上に投げ出した手を取られて強く握られる。いや手汗。

『名前!生きてるか!?』
「あー…かろうじて生きてます大丈夫」
『まだ死ぬんじゃないぞ名前!!』
「うん、だからまだ大丈夫だって」
『ひぐっ…うぅ、名前…!』
「大丈夫だっつってんだろゴリラ」

ガンガンする頭に苛立ちを募らせながら睨めば大人しく身を引いたが、畳を見れば近藤さんのものと思われる染みができていた。心配してくれるのは有り難いけど相手病人だからね。

カシャ

「おいそこ撮ってんじゃないよ」
『何でィ、バカは風邪引かないってのはやっぱ迷信だったか』
「これで私はバカじゃないって証明されたね」
『あ、こんなところにネギが。おい名前、これ鼻に突っ込め』
「ちょ、やめ、くっさ!おえっ、ちょ、マジで臭いから!」

ぐりぐりと鼻にネギを押し付けてくる総悟を睨み付ける。いや普通に臭いし何なら悪臭のせいで別の病気になりそう。

『こら総悟、今日くらいは大人しくしてなさい』
『へいへい』
「それ近藤さんが言うんだ…」
『それじゃ名前、今日はここで安静にしてるんだぞ!』
「うん、動こうにも動けないから安心して」
『何かあったらいつでも呼んでくれていいから!俺名前のためなら仕事だって休むから!』
「子どもじゃないから平気だよ。風邪移ったら困るから早く出ていってほしいな」
『そうか、名前は優しいな…。よし総悟、俺たちは退散……あれ、総悟?』
「あの薄情者なら早々に出てったよ」

見舞いに来たんだか冷やかしに来たんだか。近藤さんの場合は前者のつもりが裏目に出て総悟の場合は確実に後者だ。それからいつまで経っても帰ろうとしない近藤さんを追い出して(多分これでまた熱上がった)、芋虫のように体を動かしながら布団に潜り込む。これが微熱で軽めの症状なら人の目を盗んで遊びまくれたものの、さすがにここまで熱があると思い通りに体が動かない。

「……4、5…6……7………北斗七星じゃん…」

あまりにも暇すぎるので一人寂しく天井のシミを数えていると、再び廊下から足音が聞こえてきた。今度は一体どこからの刺客かと身構える。

『名前、入るぞ』
「土方さんオンリーでどうぞ」
『風邪引いたらしいな。これを機に生活習慣見直せ』
「入って来て一言目が説教とか精神やられるんでマジでやめてください。治ったらちゃんと聞きますから」
『お前が俺の説教を一度でも聞いたことがあったかよ。…つーかこの部屋何か臭くねェか?』
「どっかのバカ王子がネギ持ち込んだせいです。私の体臭とかじゃないんで。あとここらへんの染みも決して私が粗相したとかじゃなくてゴリラのものなんで。全てゴリラのせいなんで。むしろ風邪ひいたのもゴリラのせいなんで。そこんとこ勘違いしないでください」
『いや全責任を近藤さんに負わせるな。仮にもお前の上司だぞ。つーか近藤さんから重症って聞いてたが、思いのほか元気そうだな』
「ッゲホ、ッゴホ、ひ、土方さん…私死ぬかもしれな、ゲッホ、ウェェッホ!」
『ちょ、菌撒き散らすな!だいたい普通の人間はただの風邪くらいじゃ死なねェよ』
「何言ってるんですか、病原菌が脳に入りこんだら大変なことになりますよ。そうやって言ってる人ほどいざ風邪引いたら「みち子〜俺もう死んじゃうよ〜遺書残さないと〜みち子〜」とか言って苦しむもんなんですよ。土方さんにもうつればいいのに」
『おい本音漏れてるぞ。つーかみち子って誰だ』
「みち子〜」
『とにかく、熱が下がるまでは安静にしてろ』
「でも仕事しないと」
『いつもしてねェだろうが何でこんな時に限ってやる気だしてんだテメーは。ほら名前、俺もう帰るから早くその手を離せ』
「いや、私的には離してるつもりなんですけど…あれ?」
『…』
「…あれれ?」

何故か私の右手は本人の意思に反して土方さんの隊服の裾をがっちりと掴んでいる。

「ひっ…土方さん大変です!隊服に瞬間接着剤が!」
『ワケわかんねー冗談言ってる暇があんならさっさと風邪治せ』

呆れたように溜息をついた土方さんが私の横に座り直す。

『ほら、寝付くまでここにいてやるから』
「みっ…みち子ォォォ!」
『誰がみち子だ!』
「ママー!」
『みち子って母親だったの!?つかお前の母親の名前みち子じゃねェだろ』
「みち子も梅子も一緒のようなもんでしょうが」
『いや梅子でもねェだろうが』
「あの土方さん、私寝たいんで静かにしてもらえますか」
『熱のせいかテンションの落差も酷いことになってるな。まあいい、俺も仕事溜まってるからな、早く寝て俺を解放してくれ』
「あら不思議、急に睡魔が吹っ飛んだ」
『お前いい加減にしろよ。強制的に眠らせるぞ』

いいから早く寝ろと顔まで掛け布団を掛けて閉じ込められる。年頃の女を雑に扱いやがって。意地でも寝てやるものかと目を見開くが、熱のせいか酸素が薄いからか徐々に意識が遠くなってきた。いや本当に強制的だな。


***


『…ようやく寝たか』

大人しくなったところで布団を捲ると、さすがに高熱には勝てなかったのか#bk_name_1#はすやすやと寝息を立てて眠っていた。布団に仕舞おうと畳の上に投げ出された手に触れた土方はあまりの熱さに眉を寄せる。

『ったく、だからちゃんと寝ろっつっただろうが』


この有様を見る限りしっかり寝ろという忠告は聞かなかったらしい。明日から毎日ザキにでも見張らせるかと考えるが野生動物並みに勘が鋭い名前のこと、簡単に巻いて屯所の外で練習を続けるだろう。全くお転婆娘も困ったものである。

やれやれと立ち上がって襖に手をかけると、土方が開けるよりも先に襖が開いた。気配もなく立っていた人物を見て思わず肩が跳ねる。

『おま、総悟…驚かすんじゃねェよ』
『土方さん…別に俺は構いやせんが、嫁入り前の娘を襲うってのは他の隊士に示しがつかねェと思いやすぜ』
『あ?病人相手に何もしねェよ』
『ってことは、病人じゃなければ手を出すかもしれねェってことですかィ』
『そうじゃねェ。ったく、人の揚げ足取ってる暇があんなら早く看病してやれ』
『はァ?何で俺が』
『端っからそのつもりでここに来たんだろうが。じゃ、後は頼んだからな』

それだけ言って早々に去っていく土方の後ろ姿を見ながら、後でマヨネーズのストックを屯所中に隠してやると決意したところで名前が寝苦しそうに唸っていることに気付いた。仕方なく部屋に踏み入ればいつの間に準備していたのか、ご丁寧に部屋の隅には水が張られた桶と布巾が準備されていた。ここまで準備するなら自分でやれよ土方コノヤロー。

『…お前、風邪なんて引いてる場合かよ』

仕方なく準備されていた看病道具一式を布団の側に持っていき、布巾に水を含んで固く絞る。少し絞り足りなかったのか額に置いた瞬間べしゃっと湿った音が聞こえたが、看病しているだけ有難いと思ってほしい。名前の意識があれば「いや枕水浸しになるわ!」とでも突っ込まれそうだが生憎本人は熱にうなされている。

『早く治せよ、この馬鹿』
「ん゛」

手拭いの上から小さくデコピンすると名前は一瞬鬱陶しそうに眉を顰めた。

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