薄氷
02
「白澤様、仙桃ここに置いておきますよ」
「いつもありがとねー。助かるよ」
桃太郎が地獄への出張から帰ってくると其処には見知らぬ女が親しげに白澤と喋っている光景があった。あの人また女性を連れ込んだのかと解釈しため息をつかずにはいられない。
「って、名前さんじゃないですか。いつもと服装が違いますけど」
よく見ると現世の人間が着ているような服装の名前であった。よくこの店に訪れては薬の調合を手伝ったり、お茶をして帰ったりとつかめない人というのが桃太郎が彼女に抱いた印象だ。
今日は仙桃を収穫する手伝いをしていたようだ。達成感で満たされているのか目が輝いている。
「ふふふ、よく分かりましたね。今日は現世にお忍びなのです」
その前に白澤に何か要るものがあったら買っておこうと現世に行く前に訪れたようだ。普段テンションが低いわけではないのだが今日はやけに高揚している。
「ほんとに人間好きだねぇ。名前ちゃんは」
「はい、実に面白い生き物ですからね。今日はハラジュクでクレープという食べ物を」
「学校帰りの女子高校生か」
何歳だ。少なくとも自分よりは上であるのは確かだし白澤と古い付き合いだと言うのも知っている。本来ならババア(絶対に言ってはいけない)であるはずなのにこの人の性格からは老いというものが見受けられない。むしろずっと若々しく自分よりも年下なのではと思ってしまう場面がいくつかあった。精神的は女子高校生の方が合っているのかもしれない。
「桃さんにも何か買ってきましょうか?」
「俺はいいですよ」
「そうですか…。気が変わったら連絡してくださいね」
足取りも軽く、今にでもスキップをしそうな様子である。現世に行くときはいつもこうなのだと白澤は桃太郎に教えた。
「そういえば俺が此処で働き出したときもテンション高かったですよね」
思い起こせば幾度となくそのような光景を目にしていた気がする。桃太郎は彼女と初めて出会ったときのことを思い出していた。
『白澤様、その方は…?』
物陰からひっそりと覗いていた女性が白澤に問いかける。初めて会った時は大人しい方だと思っていたが今はそうでないことは明確である。初めは人見知りしてしまうらしく、白澤のそばから桃太郎の事を観察していた。
『桃タロー君だよ。知ってるでしょ?あの有名な』
白澤から覗いていた彼女の瞳が輝いた気がする。それから会うたびに人懐っこい性格であることが分かった。豹ってネコ科だよな…と考え直さなければいけないほどどちらかというとシロのような犬を思い出してしまう。
『桃さんは真面目ですねぇ。物覚えも良くて』
来たばかりの俺に対しとても友好的な彼女に好感を持った。そして、呼ばれたら何も考えなしに駆けつけてしまうというちょっと抜けた性格であることも知った。
『桃さん、薬草粥作ってくれない…?』
『どうしてそんなボロボロなんすか』
『鬼灯さんにパシられた…』
とほほ…と中国の妖怪の中では知性のある妖怪として書かれている筈なこの人。何度もパシられたと愚痴を溢している割に同じように呼ばれたら行ってしまうこの人もこの人だ。お人好しだから頼まれると断れないようだし。
なんていうんだろ。既知感が拭えない。
「完全に学識のあるシロとしか思えなくなってきた…」
「頭良いのにお馬鹿なところが可愛いでしょ」
白澤は悪気なくそう言って笑った。本人が聞いたらまたゆるーく怒るのだろうが全然怖くはないことは周知の事実である。
「あ、写真送られてきた」
メッセージを開いてみるとそこにはスカート丈が短く、髪を染めた世に言う女子高校生(ギャル)と一緒にクレープを食べている写真が送られていた。クレープは生クリームを増し増しでトッピングしてもらったのだろう。溢れんばかりに盛られたそれは零れ落ちそうであった。
"肌の焼けた方々はもう既にいなくなっていて、彼女達に曰く「今は白ギャルの時代」だそうです。"
とメッセージも添えられている。謎の情報を提供して彼女と仲良くしてくれているギャルたちも可愛らしく白澤にとっては目の保養だった。
"肌の焼けた方々は何処に行ってしまったのか聞きました。彼女たちはガングロという種族らしく今では見かけることも珍しくなっているそうです。前来たときにはいたんですけど…"
そういえばと、白澤は名前が以前現世の東京へ行ったときの写真を掘り返す。今送られてきたのと同じようにガングロのギャルと絡み、プリクラを撮って帰ってきてからもう十数年が経とうとしている。時の流れは速いものだと感慨深くなる。
「ていうか名前さんめっちゃ溶け込んでるじゃないですか…」
写真という技術が人間界で発明されてからというもの彼女は人間と写真を撮って帰ってくることが多くなった。どの時代にいても彼女はその世間に溶け込んでいる。
「そこが彼女のいいところなんだよ」
白澤は送られてきた写真を保存した。
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