薄氷
03
今年の箱根駅伝も感動した。涙なくしてこのドキュメンタリーは観られない。ズビズビと鼻水と涙をティッシュでまとめて拭き取るが、拭いても拭いても溢れ出てくる。
そして試合を終えた選手たちのエピソードを聞いているとき、事態は起きた。
(ハッ…呼ばれた)
思考よりも先に体が動いてしまう。気がつけばそこは地獄だった。テッシュ片手に私は私を呼び出した張本人である鬼灯さんの目の前に立っていた。
「本人泣いちゃってますケド…」
「あれはおそらく箱根駅伝を観ていた際に流した涙でしょう」
「そこまで把握しておきながら私を呼び出すなんて鬼か」
「鬼です」
幾ら嫌味を言ったところでこの冷徹な鬼には効果がない。感動の涙は引っ込んでしまった。片手に使用済みのテッシュを握っていた事を思い出し、せめてもの抵抗をしようと投げるも、「ゴミを捨ててはいけません」と正論で返される。そして、投げたゴミは自分で拾いに行かされた。オカンか己は。
この残酷な鬼の隣に二人の小鬼…だろうか。心配そうにこちらを見ている。
「おねーさん大丈夫?」
白い髪の子のほうが心配して私に声をかけてくれた。なんと心の優しい鬼であろうか。思わず頭をなでてしまう。痛っ、角が指に刺さった。
「渡る世間は鬼ばかりじゃないんですね…」
「いや、鬼ばかりですよ。地獄なので」
「結構テレビっ子だな」
角が刺さった指を労るように擦りながら呟いた言葉にツッコミを入れる鬼灯。そして、その言い争いから吐き出された話題からしてかなり現世のテレビを見ている人だと冷静な判断を下した黒髪の小鬼。
「新年は色々と地獄も大忙しで猫の手も借りたいくらい…確か豹はネコ科でしたね」
「私は妖怪の類なんですけど。そして手伝わせる気なんですね」
「年中無休で暇してるでしょう貴方。少しは人の役に立ちなさい」
私をを周りは就職しているのに働きもせず家で過ごす自宅警備員のような言い回しに心が傷ついた。
「鬼の役には立ちたくないです…。暇でもないです。人の役には立ちたいです…」
「屁理屈言わない!」
「お母さんんん!」
彼に手を握られたかと思ったらしっぺを食らった。子供の遊び程度ではない本気のしっぺに手の甲はじんじんと赤くなる。この鬼は手加減というものを知らないのだろうか。
とはいうものの、口論をしながら周りを見ていると確かに忙しそうだ。毎年この広大な八大地獄の大掃除は大変な作業である。広さに比べると従業員や物資の供給はただでさえ不足しているというのにこなすべき業務は山盛りといったところである。
その解決しても解決しても問題山積みの中、よくこの地獄を裏方で支えている彼を尊敬はしている。一応。そして、この男は自分の扱い方をよく存じ上げていた。
「正直言って困っています。手を貸しなさい」
「(命令形…)分かりました。今回だけですよ、もう…」
彼が私に困るというときは必ずと言っていいほど私がその言葉に折れてしまうことを長年の付き合いで彼は熟知している。そしてまんまと毎回騙される私も私だ。
「要は仕事の量に対し人数が不足している事が問題です。個々の能率を良くし効率と回転数を上げることに徹しましょう」
「お、おお…。さっきと打って変わってめちゃくちゃ仕事してる…」
他の獄卒達に支持を出し、テキパキと采配を奮っていた。先程の親にガミガミ言われて機嫌を損ねたような姿はもう何処にもない。
「本来は知性に長けた妖ですからね。性格も打算的です。普段は余り頭を使いたがりませんが」
「へ、へぇ…」
自分の知っている人で上げるのであれば白澤様のような人だと思った。あの人も博識で神獣の癖にやっている事は底辺の人間とさほど変わらない。一見阿呆そうにも見えるが、ちゃんと神様やってんだなって思うときもある。そんなタイプかと唐瓜は思った。
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