朝露に濡れし袖

02


「前原くん…だよね?大丈夫かな、立てる?」

突き飛ばされたのか雨の中尻餅をついている。瀬尾君の隣にいるのは、確かお付き合いしているという土屋さんだったか。知人が関わっているのなら見て見ぬ振りはあまり得策とは言えないし、ずぶ濡れになってる同級生に声をかけないのも忍びない。

「苗字、E組なんて気にかけるなって…この前浅野にも言われたばかりだろ」

前原は相手が女子であると迷うことなく手を取って起き上がる。生憎その濡れ具合を補える布なんて持ってないからどうしてあげる事もできないけれど。

「だって、二人は普通に立てているじゃない」

何が起きて、どちらが悪いかの判断なんてついていない。もしかしたら尻餅をついていた彼の方が悪かったのかもしれないけれど、3人の内一人だけ倒れたのなら彼に手を差し伸べるのは合理的ではないのだろうか。

「E組以前に人間でしょ、それに…」

ひとまず自分が持っている傘の中に彼を近づける。多分前原君で合ってるはずだけど。
名前は一瞬目を伏せたが、その瞳が瀬尾を見つめた時に瀬尾は背筋が凍った。

「浅野君が、何て?」

分かっているし、できれば彼の要望に応えたい。分かっているけれど浅野君の忠告に従えないんだ。こればかりは、変えてしまえば自分が大切なものを否定してしまうことになる。

「やめなさい」

通りかかった高級そうな車から声がしたと思えばそこから現れたのは理事長だった。前原君を気遣う言葉をかけながらもその目は冷たくて、心なしか怖いとも思った。

ハンカチを渡して彼を労う言葉をかけたその目は今度は私を見た。思わず体が強張る。

「苗字さんも普段以上に良い成績を期待しているよ」

前原君に向けたまたは違うけれど、何が言いたいかはすぐに伝わった。方針に反いた私に余計なことはするなと言いたかったのだろう。その言葉の裏から溢れ出るメッセージに出る答えは決まっている。

「はい…善、処します」

前原は彼女の手がかすかに震えていることに気づいた。その言葉を最後に理事長は車に戻るとそれは動き出した。理事長の善意に感謝しろと吐き捨てて二人は去った。感謝を伝えようと彼女の方を見るが、彼女はただその車が遠くなっていくのを見つめていた。

prev next
Back to main nobel