落花流水

004


朝を迎えて飛信隊の兵士たちは起き上がり始める。すると、側にいたはずの天幕はもうどこにもなく、本当に夜明け前に出発したようだった。

「なんか、掴みどころのない隊だったな。厳つい奴らもいたけど…隊長めっちゃ美人だった」

兵士の一人がそう言った。多くの者はそう感じていた。王賁のように高貴な甲冑を身に着けているわけでもなく、かと言って全面的に農民の味方と言う訳ではなさそうだと会食を通して分かったのはそれくらいであった。

「隊にも名をつけてないらしい。変わってるよな」

だから無名隊と呼ばれていると誰かが言った。捉え方によっては侮辱と呼べるその名を隊長は気に入って本当にその名前にしようとしたこともあるらしい。

跡も姿も一切なくなってしまった天幕が張ってあった場所を眺める。

「けど美人だったな…」

「ああ。俺、酌してもらっちゃったよ」

なんだよそれ。ずりーぞ。と周りで口論になる。止めに入った者も巻き込まれて終いには殴り合いに発展している。信は考え込んでいた為その騒音すら耳に入っていない。

「南…」

彼女らが向かった先の方角を見た。勿論見えるわけではないが。行った先で武功を上げるつもりなのだろうか。それすらもよく分からない。




「飛信隊の誘いを断れば間に合ってましたね」

「そうだね。また先越されちゃった」

たどり着いた場所では飛信隊と玉鳳隊の戦場よりは小さい争いではあるが既に始まっていた。

「楽華隊の動きを見越して動いてたのに。信殿に責任取って頂こうかしら」

王賁と信が武功を争っていたように、楽華隊の近くに名の隊は配属されていた。お互い信達のように睨み合いをしながら競い合うようなことはしない。蒙恬も千人将の地位を手に入れたにも関わらず、三百人隊を率いらされていることを不満そうに語っていた。モチベーションは低い方で、名自身も武功を上げまくろうとは思わず向上心は低いためそれなりに上手くやっていた。

「刀を振るわない日が続くのもあれですし、助太刀しましょう。今日の武功は楽華に譲ります」

「隊長そういうところ緩いっすよね」

兵士たちの笑い声が響く。彼らも体を動かしたそうだ。今回は功にはならないが楽華隊の援軍に回る。功績にこだわらない彼女に彼らは不満を抱くようなことはなかった。

「ふふ、そんな私について来てくれる皆が好きです」

"ありがとう"

笑ってそう言った。それだけで兵士たちの士気は上がりだす。彼女の人格を含めて彼らはかのについていこうと決めた者たちばかりであったから。

そういった素顔を知るのはこの兵士たちの特権でもある。本当に心を許した者でしか見れないその笑顔に優越感を覚えた。

「…ずるいなぁ、うちの隊長」

誰かがそう呟いた。


「蒙恬殿、応戦いたします」

「はは、助かるよ名」

名は遠目から楽華隊の動きを見ていた為蒙恬がどう軍略を描いたのか理解できた。知略型の彼と名の相性は良好で蒙恬が指揮せずとも相手の急所となるであろう所を理解し攻めていく。軍師学校に彼女が入っていたならさぞかし優秀であったろうに。そんなことさえ思う。

「痒いところに手が届くよね、言わずとも」

「それは恐れ多い、偶然ですよ」

彼女の策略は無駄を嫌った。無駄な血、無駄な労力、無駄なプライド。必要のないものは含ませず、相手を徹底的に叩き潰そうとするのが特徴と言っては特徴だった。たまに例外があるが。やるからには相手を完全に陥落させる。彼女の策略は完璧主義とも言えた。しかし、それは兵士たちに余力がなければ行わない。兵士たちをよく見ているからできることだった。

「いやー、助かったよ。ありがとう」

「いいえ。歪み合うよりは持ちつ持たれつの関係の方が何かと便利なので」

「さらっと本音言うよね。さらっと」

戦は難なく終わりつを告げる。蒙恬は援軍した彼女に礼を言う。名も名で彼との親交は今回の遠征で深まったと言える。平然とした態度で本音を悪気なく言えるような関係であることは確かだった。

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