落花流水

006


「乱世とは忙しいものですね」

趙国と秦国に同盟が持ちかけられた。つい最近まで睨み合っていた両国がそのようなことになるとは誰も思っていなかっただろう。呂不韋が裏で手を引いていたという。

「兄上もさぞかし手に汗握ったでしょう」

「普段よりは頭を使ったがな。それより話を逸らすな」

その時期に一度屋敷に顔を出すことになった名は自分の家であるはずなのに心落ち着く場所ではなかった。部屋に兄と自身のみが間隔を開けて正座している。

「勝手に戦に出兵して、三百人隊を率いるまで出世したらしいじゃないか」

「あ、兄上も蔡沢様に見初められて直属の部下になられたそうで。流石兄上ですわ」

「話を逸らすな」

二度目の忠告である。ピシリと険悪な雰囲気が広がる。名は気まずそうに目を逸らす。突然戦に出ると言って、家族の反対を押しのけて無理やり家を出たようなものである。それ以来面会するのは久しぶりであった。

「体が弱い俺への当てつけか」

「…!いいえ、それは違います」

「何が違う。女であるお前が戦に出る理由にそれ以外見当もつかないが」

名ほ黙り込んでしまった。膝の上で握っていた拳がかすかに震えている。

「…兄上には分かりませんわ」

「…そうか。くれぐれも我が家の恥晒しにはなるな」

彼はそう言い残すと名の方に目もくれず部屋を去っていってしまった。残された名はただ一人その場に座り込んでいる。

名の心情とは裏腹に空は清々しいほどの青空が広がっている。空を見上げた。照らす太陽が眩しかったからか、それともその空の青さに嫉妬したのか顔が険しくなる。

実家にいるはずなのに、心は重く苦しい。

兄のあの眼差し。

召使い達の自分を見る視線。ヒソヒソとかわされる会話。

その全てが心に負荷をかけてくる。体に重石が乗ったかのようだった。

そんなときは、自分が戦場を駆け抜ける姿を思い出す。

戦場にいるとき、私は自由であった。

私の後ろについて回る肩書きなど一握りの名門の家系でなければ、あってないようなものだ。実力が全て。結果で判断される。つまり私を私自身として見てくれる。

「次の戦はきっと魏国だろうなぁ」

どこの陣に配置されるのだろう。私はどんな活躍ができるのだろう。考えるだけで心が紛れた。

我が家には小さな庭がある。そこに綺麗に植えられている花たちの方へ向かった。久しぶりに帰ってもこの庭だけはいつでも変わらない。四季の変化はあるが、ずっと手入れが行き届いている。名も帰ってくるたびにこの庭の手入れだけは怠ったことがなかった。

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