落花流水

009


「投獄されるのってどんなお気持ちですか?」

本当は死罪ほどの罪であるのに一晩投獄されるだけで済んだのは奇跡であった。その一部始終に出くわしておきながら、彼女は信に悪気もなく問いかける。

「…」

「その様子なら、貴方が起こした行動の重さが理解できているみたいですね。ほんとに、今生きてるのが奇跡です。良かった」

彼女は嫌味を言いに来たわけでも説教に来たわけでもない。ただ、彼のことが気掛かりで寝付けそうにないため、そこに赴いた。しかし、同世代との接し方がわからない彼女は素直に心配で来たとは言い出せなかったのだ。

「夜食、食べます?」

夕飯もも支給されてない筈だからと彼女は持参した食料を牢の前に置いた。そして、冷えた鉄の格子に触れながら目を伏せた。

「…仲間まで巻き込むところだった」

今まで黙っていた信がそう呟いた。いつもの威勢のいい声ではなく、小さく自信のない声だった。今回のことで思うことは沢山あるのだろう。

「残虐な行為をする者はどこの国にもいます。勿論、秦も例外じゃないんです。寧ろ横暴な方のほうが多いのかもしれません」

そういう人たちに私は信殿のように強くあれるだろうか。いや、無理だ。だからこそ、彼女は信が眩しく見えて仕方なかった。

「私は黙っていることしかできなかったと思います。だから…早く信殿のような方が上に立ってほしい。このような事を悪だと言ってほしい」

「…!」

「貴方が天下の大将軍になる日が楽しみになりました。言いたかった事といえばそれだけです」

おやすみなさいと微笑んだ。

彼女は直ぐに闇夜に消えて見えなくなってしまった。また、閑静な空間に戻った。信は名が持ってきた夜食を手に取る。まだ暖かかった。もしかしたら信のためだけに作ったのか。そんな思想が頭をよぎる。

名と入れ違いで羌瘣がやってきた。羌瘣は格子の前に座り込む。

「誰か来たのか」

「…ああ。すっげぇ自信なく笑う奴」

信がそう思ったのは、名が他人と自分を比べて他を尊敬する反面自分に自信が持てなくなっている名の心境を本能的に察知したからだろう。



「クシュンッ…!」

帰路の途中、名はくしゃみが出た。そこまで冷え切っている訳ではないのにおかしいなと不思議がりながら、不意に空を見上げた。

「…綺麗な月」

「おっ、誰かと思えば名」

建物の方を向けば上の方に蒙恬と王賁がいた。蒙恬はこっちに来いと手招きしている。明日もあるというのに呑気な人である。ちらりと王賁の方を見ると目はあったが、直ぐにそらされてしまった。少し悲しい。

断れる立場でもないため、彼らの入ところに上がっていく。

「今回はお二人に先を越されてしまいましたね」

「名は取る気なかった癖にー」

蒙恬には見透かされていたらしい。苦笑いで肯定を避けつつ王賁の方を見る。この人を近くで見たことはなかった為珍しかったのだ。近くで見ると、鍛えられた腕の筋肉に目がいった。家柄に自惚れる訳ではなく努力を積み重ねてきたのであろう風格があった。自分にも厳しいから他人にもきつい発言をするのかもしれない。そんな事を思う。

「…何だ」

「あっ…いいえ」

少し彼のことを勘違いしていたのかもしれない。名家に生まれた彼をどこかで歪んだ目で見ていた自分がいたように思えて名はそんな自分を恥ずかしく思った。

「それより、名が夜遅くに一人なんて何かあったのか?」

「…眠れそうになくて」

あながち嘘ではないが、真髄をついていない返事をした。蒙恬はふーん、と腑に落ちていないようだが、それ以上聞き出そうとはしなかった。

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