落花流水
010
2つ目の城に取り掛かろうとしていた。玉鳳隊は前と同じく井闌車を使用していた。しかし開戦してすぐに小雨が降り出し、煙幕を起こすことはできていない。
「貨車に布を被せ井闌車の背後に100人。残りはそれぞれ別の井闌車の後ろで待機しましょう」
泥まみれの大きな布が貨車に被される。そうすることで地面と保護色になり井闌車の死角にいるため敵から見えない。
貨車を運ばない兵士は井闌車を盾にしてなるべく敵からの攻撃を防ぎながら城に接近することに成功していた。
「いやー、王賁殿が立派な物を持ってきてくださったおかげですね」
大きく敵の注目を集めていた井闌車とは違い、名の地味で姑息な作戦は相手の目を盗むことに成功した。
「あいつら…儂らを盾にコソコソと…!!」
番陽は怒りを顕にする。当たり前だ。自分たちは傷つきもせず此処まで近づけているのだから。
「俺達の方が先に門を開ければいいだけだ。鼠は気にするな」
玉鳳隊が城の城壁に乗り込み始めたとき、が名の決めた合図であった。泥の布に覆われていた素朴な貨車は布が剥ぎ取られた。そこにあったのは大木の丸太。選りすぐりの巨漢や力に自信のある者を集結させ、門を破壊しに取り掛かる。
「いつの間にっ…?!」
敵は王賁たちに気を取られ突然現れたと思わせる名の襲撃への対応が遅れた。名はあろうことか、玉鳳隊の行動を予測し、彼らを囮として作戦を企てたのである。そのことに気づいた王賁は彼女に聞こえるはずはないが舌打ちをする。
城に近づくまでのダメージも少なく、且つ注目を集めていないため敵の意表をつくことに成功したのである。
あとは、敵の攻撃に開門班がやられる前に開けるか、無残に全滅かの選択のみとなる。
敵の対応が遅れたのが功を為し、負傷者は出たものの数分で門を壊すことに成功した。
「突撃!」
門がこじ開けられたのを見計らって名は2つに分けさせていた隊をに司令を叫ぶ。軍馬は勢いよく駆け出した。開門班が空けた隙間に勢いよく飛びかかる。大量の兵士が体当たり覚悟で通るたびに門はどんどんと開いていく。
門のそばで待機している敵軍を勢いそのまま斬りかかる。敵軍もその勢いに負けまんまと進軍を許してしまった。一気に3人ほどを倒した名を王賁は敵と戦いながらも自分の手を緩めることはなく目に入った。
(武もこなすのかあの女…)
並大抵の男よりは間違いなく強い。王賁は自分とは明らかに力の差はあるものの実力を認めざるを得なかった。
その後すぐに他の隊が後を追って城内に侵入する。城はあっという間に秦軍に占領されてしまったのだ。城内に一番に侵入できた名たちは城主を捕らえることに成功した。今回最も武功を上げたのは名率いる隊であった。
名らしからぬ作戦に蒙恬は驚きを隠せない。今回は彼女の隊の負傷者が格段に多くなるのを分かっていて立てた作戦としか思えない。しかも、少なからずリスクはあった。うまく行かなければ隊の3分の1は壊滅であっただろう。
「ウオオオオッ!!うちの隊長万歳!」
「恥ずかしいからやめて…」
戦が終わると名の兵士たちは雄叫びを上げていた。それを恥ずかしがりながらも、少し嬉しそうな名が宥めている。そこに王賁、信その後遅れて蒙恬が兵を連れてその場に現れた。
「鼠に抓まれた気分だ」
「狐ですらないのですね」
彼女がどう動こうと自分の方が先に門を開けれると考えていた王賁はまんまと利用されたことに不服と感じ不機嫌に彼女を睨みつける。
「けど酷っでェなその有様」
信は名に先を越されたことを悔しがりながらもおめでとうとバシバシ肩を叩いた。派手に動きすぎてかなり痛んでいた彼女の体は悲鳴を上げる。
彼女たち自身も泥だらけであった。敵の目をくらます為に自分たちも地面と同化する徹底ぶりが成果として現れた。しかし、泥だらけなはずなのに名の姿は淑やかで品があった。泥でさえ彼女を引き立てていると内心に留めてはおくもののそう感じている人は沢山いただろう。
雲行きは次第に良くなって太陽が見えだした。泥だらけの体は乾燥してきてカピカピになってしまうと名は苦笑いを浮かべた。
「ほら、蒙恬も何か言いに来たんだろ?」
信が蒙恬に話を振る。いきなり話を振られた蒙恬は改めて名と目が合うと躊躇い始めた。自分が何を言いたいかよく分からないまま来たからだ。
正直、この中なら自分が一番名の戦法を知っていたはずだった。今までの彼女の戦いぶりとは打って変わった違う一面を見せられ、自分はまだ彼女のほんの一面しか知らなかったのだと思い知らされた。
そんな心のもやもやを抱えたまま彼女に会ったのだ。勝手ながらに気まずい感情を抱いてしまう。
「うん、泥だらけでも可愛いね」
((言いやがった…!!))
この感情は自分勝手に湧き出てきたショックだ。彼女にその思いを伝えたところでどうしろという。それならいつもと同じように軽い口説きをしながら彼女を困らせる方が全然良いに決まっている。
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