落花流水

012


「あれー、名は?」

蒙恬はその頃名の隊が集まっている所にやって来た。そしてあたりを見回しても彼女が見当たらないことに首を傾げた。

「隊長なら少し前に玉鳳隊の方に行きましたよ」

兵士の一人が蒙恬に教えた。入れ違いになった事が分かると蒙恬は肩を落とす。

「隊長を落とすのは大変だと思いますよ」

「確かに…ってそうじゃなくて!」

明らかにこの兵士たちは酔っている。今回最も武功を上げたのだから宴を開いてもおかしくはない。名はすぐに戻ると言って出かけたらしい。それを待ちきれずに隊長不在の中宴は始まってしまったという。

「蒙恬殿もどうぞ」

酌が渡される。すぐに戻るから待ってたらいいと誰かが言った。言われるがまま、蒙恬は酒を注ぐとその水面を見つめた。

心のもやもやは未だに消えていなかった。自分でも理解しきれていないこの感情が心苦しい。思わず、此処まで来てしまった訳だ。自分が情けない。

酒は思っていたより強かった。そしてどんどん促してくる兵士たち。待つ間に考え事が増えてくばかりなのは苦痛だから蒙恬は甘んじて受け入れた。そうすると、当たり前かもしれないが酔っ払いがまた一人増えた。

「只今戻りました…ってもう始めてる」

馬を止めて可憐に着地をする。しかし、見たところ兵士たちはもう出来上がっている。そんなに長居したつもりはないのに置いていかれたような気がして、名は呆れたように溜息をつく。

「まあ…楽しんでくれてるならそれが何より」

彼らを見て、優しく微笑んだ。今日はいつもより犠牲者が多くなる見込みで作戦を立てた。それを分かっていながら皆引き受ける。感謝でしかなかった。亡くなってしまった人たちの分も宴を楽しむ事で彼らに弔いを捧げようではないか。名も酒を手にしたとき、ふと目に入った人物が一人。

「蒙恬殿…?」

「あはっ、名〜」

名を見つけるとふらふらとこちらに千鳥足で寄ってくる。何故ここに?しかもすっかり酔っている。兵士たちが催促させたのだろう。しかし何故それをこんなに酔うまで受け入れたのだろうか?疑問は尽きない。

「どうしてこちらに?」

「ん、チューして欲しいの?」

「全くもって言っておりません」

これは楽華隊の方へ早めに返したほうがいいかもしれない。きっと楽華隊の方々も蒙恬の帰りが遅いと心配するだろうから。

「私が送りますよ。立てますか?」

「ははー、いい香りがする…」

肩を貸し強制的に歩かせる。かろうじて歩くことはてきたもののしっかりと名に体を預けているものだから距離はいつもより近い。そして、現在ならセクハラともとれる発言をしている蒙恬をやっとのことで馬に乗せる。

「俺、全然名の事知らなかったよ…」

一緒に馬に乗り、名の肩に頭を乗せ言われたとおりに腰に腕を巻く。未だに酔っているのか突然鼻歌を歌いながら。

見た目だけでは感じられなかった彼女の体温や細く、靭やかな腰。香りに安心感を覚えたのか蒙恬は本音をポツポツと話し始めた。

「一番理解してると思ってたのに。今日の見てたら全然そんなことなかった」

「そんなに知りたいですか?」

ぎゅうっと巻き付いていた腕に力が入る。それを感じながら、蒙恬を落とさないようにゆっくりなスピードで馬を歩かせる。

「うん。なんでだろうね」

「反対の立場から考えると…思うところはありますね。他の2つの隊より少し、お付き合い長い分」

蒙恬も彼女と同じく周りの隊の動きを考えて作戦を立てていただろう。そして大きく予想を外したのが私だったのだ。付き合いがあるし、仲も良い人の予想が外れるとその人のことを理解しきれていないということになる。軍師としても圧倒的な頭脳をもつ蒙恬にとってショックだったのであろう。

「でしょ?モヤっとしたんだ、モヤっと。モヤって」

「はいはい、わかりました。ほら、もう着きますよ」

楽華隊の旗が置いてあったのですぐに分かった。そして、ウロウロとその近くで回っておる者がいる。よく蒙恬の側にいる副官の人だった。

「うちの隊がこんなになるまで飲ませちゃって…申し訳ないです」

「いや、こちらこそ突然押し入ったのでしょう。蒙恬様…降りてください」

「んー、やだ!」

「駄々っ子か」

名から引き剥がすのに時間がかかった。一人では下ろせそうにないので陸仙という男が呼び出され彼は呆れながらも馬から彼を下ろすのを手伝ってくれた。

「名さんもあまり気にしないでくださいね、こんな性格なんで。うちの隊長」

「なんか慣れてますね」

慣れた手付きで蒙恬を運んでいく。これは普段の業務を怠る蒙恬の尻拭いをしてきた陸仙しかできないことである。その運ばれていく姿を見ながら微笑んだ。

(なんでだろう。少し嬉しかった)

蒙恬に言われたことを思い出すと自然と笑みが溢れる。王賁との距離も少し縮まって、蒙恬の少し子供っぽい一面も見れて彼女としてはとても充実した一日だと感じた。

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