落花流水

叱って


「信、何度言ったら分かるの。どうやったネクタイがそんなあり様に」

「うっせぇな、中学が学ランだったんだからしょうがねぇだろ。ってコレ、どうやんだ…」

高校一年生の春。まだ中学生らしさが抜けない時期に信と名は入学してからのクラスの席が近くだったからかよく話していた。

名は普段は穏やかな性格で人に注意したり、厳しい印象はない。だがそれは大抵の人が彼女の琴線に触れるようなことをしてないからであって、信はそのラインを超えていた。仲も良かったからか、信には人として当たり前のことぐらいは何かと注意をしたり、世話を焼いていた。

いつしかクラスの中で信が暴れ出した時に止める飼育員のような立ち位置になっていた。

「いいよね、信は」

「あ?何がだよ」

体育は隣のクラスと合同で男女分かれてする事になっている。隣のクラスの蒙恬はペアになった信を羨ましそうに見る。

「名さんにあんな世話焼いてもらえて。あー、俺なんてネクタイ緩めてても何も言ってもらえないもん」

「クラスも違ぇし、まず知り合いじゃないからだろそれ」

アイツ、学年でそんなに目立つ存在だったのかと信は驚きながらも、顔だけで言ったら騒がれてもしょうがないぐらいには整った顔立ちをしていることは理解ができた。

「なら紹介してくれよー、俺たち親友じゃん?」

「ペアになって2回目だろ」

肩を組んできたものだから、その腕を退かせようと肘でぐいぐいと突く。ふと、信が力を緩めた。蒙恬は信に対抗して力を加えていたためその抑制が途切れた途端体勢を崩す。

「いきなり緩めんなよー…って」

信が見ていた方向を向くと、体育館で授業が行われていた女子達が少し早く終わったのだろう。グランドの隅を歩きながら校舎の方へ歩いている。その中に名がいた。女子たちと何やら楽しそうに会話をしている。

「おーーいっ!!!名!!」

すぐ隣にいた蒙恬は鼓膜が破けるかと思った。うるさい声がさらにボリュームを上げたのだから当たり前だが、かなりのダメージを喰らう。
少し遠くにいる名もその声に肩をビクッとさせて声の主の方に振り返る。人が多い中呼ばれたら視線が集まるのが嫌なのか少し苦い顔をしていた。

「こいつがお前に叱られたいってよ!!」

「…ん?」

違う、そうじゃない。

蒙恬は慌てて弁明しようとしても相手は少し遠くにいるし、周りの女子達もザワザワとこちらを見てる。これは引かれてる。

当の本人はポカンと首を傾げている。

近づこうとすると周りの女子が名を囲んでそれを乗り越える勇気は俺にはなかった。

「…シャツ」

信と比べものにならないほど小さな声だった。

「シャツ!ちゃんとインしよ!」

「…それはダサいから嫌だ!」

なんと、彼女は見た目だけでなく中身まで美しいのか。変な目で見ていた女子達も真面目か!とツッコミをいれて笑い出した。蒙恬も嫌なら何でそんなこと言うんだよ、と周りから笑いが起きた。彼女が事態を一変させてみせた。

校舎に消えていった彼女を見つめたまま蒙恬は言った。

「あれは惚れるよ…信とは絶交だ絶交」

「おう、短い親友だったな」

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