落花流水

017


「以前、蒙恬殿が”何を目標にするかは人それぞれだ”と私に言ってくださいました」

「あー…あったね。そんなこと」

蒙恬はふと軽く口から出た言葉を名が覚えていたことに内心驚いた。彼女を励ますつもりであったわけでもなく、その場で感じたことをそのまま口にしただけのような言葉に名はどうして動かされたのだろう。

「その言葉が私が求めていた答えでした。蒙恬殿が仰るまで自分でも気がつきませんしでした」

あまり身の内を話さない、いつも不思議な雰囲気で何処か謎めいた彼女が自分の事を話している。彼女も慣れてないせいか若干視線が下の方を向いており、片手で髪を弄んでいる。

「誰かに認めて欲しかったのでしょうね。戦に出る理由が、自由を、居場所を求めているからだってことを」

皆さんと比べるととてつもなく小さな理由で戦っていることが少し恥ずかしいと眉を下げて微かに笑う。蒙恬は首を横に振り、ただ名の方を見て耳を傾けた。

「それからです。自由を、生きてるって感じれるようになり始めたのは。だから、ありがとうございます。これだけは今言っておかないといけない気がして」

戦場では女は悪目立ちする。このように話すような関係になる前から、彼女は容姿の良さからも目を引く存在で、蒙恬は何度も彼女が視界に入ることがあった。

しかし、何処か地に足つかないような、戦場から浮いて見えた。彼女だけ別の空間にいるような。隊を率いている中で彼女はどこを見ているんだろうとそう思っていた。

なんとなく分かった気がした。彼女は生きようとも死のうともしていなかった。生死がちらつく環境で誰もがその事を考えるだろうが、彼女はそれを気にも止めていなかったから。例えるなら彼女は迷子の子供だ。賑わう人混みの中で独りで佇んでいる。

「お礼を言われるような事なんてなにもしてないよ。でも嬉しいね、そう言ってもらえたら」

「蒙恬殿がモテる理由が分かった気がします。迫ってくる女性は数多いらっしゃるでしょうね」

くすくすと口元を隠し上品に笑った。それは話題を晒すための冗談を含めていると分かっていながらもその仕草は自然と名の笑顔を引き立てる。蒙恬は何故か胸が騒いで咄嗟に軽口を叩く。

「名もそのうちの1人になっちゃった?罪な男だね俺も」

「そうですねぇ」

「…名の”そうですねぇ”は軽く流してる時だって事、もう知ってるからね」

互いが我慢しきれずに笑い出した。戦場の最中にこのように笑う者は滅多にいないだろう。しかし、何万といる中でただここには心安まる2人がいたことに違いはなかった。

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