落花流水

018


その後の夜。
蒙驁は、甲冑を脱ぎ、老人歩兵に化けて
陣営内を徘徊していた。
蒙驁が大きなプレッシャーを受けた時の不思議な癖だった。

月の光が微かに周囲を照らす。仲間同士で談笑しているもの、明日に備えて寝る支度をしている者、焚き火を囲み明日への不安を思う者、様々であった。

ふと蒙驁は、少しばかり人気のないところまで歩いてきてしまっていたことに気づく。すると微かに笙の音色が聴こえてくる。

笙の音色自体がそもそも心地の良いものであるが、今奏でられている音色はそれに加えて哀愁漂う儚いもののようだと蒙驁は思った。戦場で音楽を奏でるなど酔狂な事をするのはどんな人物であろうかと、少しばかりの好奇心がその音色の方へと導いた。

「これはまた…」

そこにいた人物とは音色と同じく戦場には不釣り合いな存在だった。人の気配を察するのが早くすぐさま奏でるのをやめて自分を見つめているのは、孫と同じくらいの年頃の少女であった。月明かりに照らされて端正な顔立ちをした少女はさらに幻想的に感じる。

「貴方は…?」

名は妙にガタイのいい老人を見つめ困惑していた。遠目でしか見たことがない蒙驁将軍の面影を感じたからである。しかし、彼が夜中に出歩くとは思えない。まして、薄汚れた服装などわざわざするはずがないと名は結論づけた。

「名乗るまでもないただの老人じゃよ。素敵な音色じゃった」

名は夜中に吹くことを怪訝に思われたのかと身構えていたが、むしろ正反対の事を言われて肩の力が抜けた。なるべく軍の拠点から離れた所にいたはずだが、聞こえてしまっていた事が少し恥ずかしかったのか、演奏を褒められての嬉しさからか頬が薄桃色に染まった。

「ここで出会ったのも何かの縁。年寄りの悩みを聞いてはくれないかのぉ」

よいしょ、と老人は名の隣に腰掛けた。老人にしてはフレンドリーな態度に多少驚きつつも、その頼みを引き受けた。一般的に年功の高いものが若者の相談にのり諭してくれるのが主流だと考えていた名は、若者に対して悩みを打ち明けれるこの老人の型にはまらない思考の柔らかさに好感を得た。つまり、お茶目で可愛らしいと思ったのである。

「若い頃に一度も勝てなかった相手にじじィになった今、再度ケンカをすることになったが、相手はじじィの今も絶頂期で悩んでいる」

「…お二人とも血の気の多いご老人ですのね」

老人になった今でもケンカをすることになったとは。まだ若い証拠ですよと言うべきか、果たして何をどう言えば最適なのか分からない。しかし、このような場合に名は適当にものを言える性格ではなかった。

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