落花流水
019
まずは落ち着いて、自分のこととして考えてみようと思った。
長年喧嘩をしている相手…思い浮かばない。が、喧嘩ということは仲が悪い。犬猿の仲…険悪な関係と連想していく。
『_____もうお前の大事なものなんて何一つないんだよ…!』
「ハッ…!」
「お嬢さん?」
老人が心配そうに白い眉を下げてこちらを見ている。なんでもないと言いながら、不意に心臓を突かれたような妙な痛みと、微かに背筋が汗ばんだ。
しかし、その痛みから逃げたくはない。今までなら背を向け走り去ってしまっていただろう。現に戦場まで逃げて今ここにいるのだから。深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。柔らかな風が吹く。
「…天がわざわざ作ってくれた良い機会だと考えるのはどうでしょう」
「ホォ…」
老人は立派に生えた白髭をさすり興味深そうに彼女を見た。先ほどと打って変わって少女の瞳からさ強さを感じ取れたからである。
「自分からそのような場を作ることはなかったでしょう。運が良かったんですよ」
彼女は自身が持つ笙を見つめると、眉を下げて微笑んだ。
「逃げてはいけません。弱さを肯定し、自ら負けを認めるだなんて最後の喧嘩にふさわしくない」
それは老人に対して、また、自分自身に言い聞かせているようであった。
「天まで味方につけたんですもの。もう勝つしかありませんね、お爺様」
そう言うとにっこりと微笑む。先ほどとは違う年相応のあどけなさを感じる笑みだった。蒙驁はその笑顔につられて柔らかく笑って返した。
そのあどけない笑みにまだ幼かった孫が思い浮かんだのであろう。
「そうか。お嬢さんは天がワシに味方しとると」
少しだけ肩が軽くなった気がした。座り込んでいたため少しだけ腰の疲れを感じて、大分話していた事に気づく。立ち上がると背筋を伸ばした。名は座ったまま彼を見上げた。
「ありがとう、お嬢さんよ。ワシは散歩を再開するよしようかのぉ」
フォッフォッフォと老人らさしい笑い方をして、彼は来た道を戻って行った。不思議な老人だったと思い返すが、何故かとても居心地のいい時間だったと感じている自分がいた。
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