落花流水

風薫る


「フォッフォッ…そんな小さくならんでもよい」

「は、はい…」

珍しく名は萎縮していた。魏国攻めの際に致した失態が彼女の中には根深く残っている。当の本人は気にしておらず、自分も変装していたのだから当然であり、寧ろ彼女との会話により肩の荷が降りて感謝したほどなのだが。その時からというもの、蒙驁は名のことを何かと気に入っており、今日のように茶と菓子でもてなされる事が何度もあることをまだ彼女は知らない。

な、何か喋らないと。名は心臓の音が聞こえるほど緊張していた。

自分の世間話…いや、聞いても面白くはないし、話すなど恐れ多い。蒙驁将軍に話を振ってはどうか…何の話題が適切なのだろうか。身内…?御子息の蒙武将軍の力強さには圧巻されます…ダメだ、媚を売りすぎている気がする。
関わりのない息子を褒めるよりは、身近の人間を話題にすればいいのではないだろうか。お互いが共通して近しい人物。えっと、えーっと

「…蒙恬殿?」

「恬がどうかしたかの?」

思考を巡らし過ぎて考えていた事がうっかり口から出てしまった。ハッと口元を手で押さえるがもう遅い。吐き出した言葉をどう補うかいつもの彼女とは不釣り合いなオロオロという擬音語が背後にちらつく。

「あっ…その…」

力み過ぎていると自分でも分かる。蒙驁将軍は血気盛んな将軍とは違い、穏やかで、平凡・・に理解のある人間だと思う。蒙驁将軍を見た。老人兵に変装したいた時と変わらない優しい顔をしているではないか。身分を知って謙るのは彼にとっては良い印象は与えまい。

なら、素直に吐き出してしまおうか。

「同じ戦場を共にし、彼の言葉に幾度となく救われました。蒙驁将軍と同じく…私のような中級士族にも隔てなく接してくださります」

胸に手を当てて、当時のことを思い返すように話す。蒙驁はそのような表情もできるのだなと、何処か安堵した。

「私は天才が好きにはなれません。それは輝き、自分の影を濃く映すから。信殿、王賁殿に蒙恬殿は…眩しくて」

蒙驁にもその言葉は刺さった。眉を寄せる彼女の心情が理解できたからだ。いつも六将の後ろにいた自分と重なって見えた。それは天性の才能。決して越えられぬ壁。

「それでもいいから…その輝きの傍にいたいと、最近思えるようになりました」

そばにいることで自分の才能の差をより深く感じてしまうかもしれない。無力だと嘆く時が来るかもしれない。だがそれさえも耐えてまで傍にいたい。彼の行く方向と同じ向きを見つめていたい。

「フォッフォッ、恬も優雅な蝶が光に誘われた蛾だと知ればさぞかし驚くじゃろうのォ」

「ふふっ、女性に対して酷い例えですわ。でも、私は蝶を装い続けますから」

彼らには知られたくないから。きっと困らせてしまうだろうから。これは私と蒙驁将軍との秘密にしようと決めたある日の午後の話。

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