落花流水
028
「ん、何処か行っていたのか」
楽華隊の拠点に戻ると、ちょうど就寝しようとしていた胡漸に鉢合わせた。名は口角を上げて微笑んで見せる。
「ええ。少し夜風に当たりに」
胡漸は名が手の内を見せない性格な所を懸念してはいた。何か目的があって蒙恬に近づいているのだとしたら、蒙恬に危害を加える存在であるかどうか自分が見極め守ろうと使命感を抱いていたからだ。
彼女が少しでも妙な行動をすれば、すかさず胡漸が前に出て阻むつもりでいた。
「儂は蒙恬様が生まれた時からずっとお使えしとる」
胡漸は言った。会釈をし、通り過ぎようとした名の足は止まった。
「儂は分かる。蒙恬様は蒙家の中でも最も才に恵まれた方だと」
名はどうしてそのような話を急に始めたのか疑問に思ったが、振り向いて胡漸の方を見た。
「故に天才は孤独でもある。戦略も一人でこなす蒙恬様は武功を挙げても他の奴等のようにはしゃぐことは少なく飄々として、稀につまらなそうな顔をするんじゃ」
胡漸は名をじっと見た。まさかこの小娘が蒙恬に並ぶほどの才能を兼ね備えているとは考え難い。しかし、彼女が蒙恬の動きを読めているのは援護のため加勢してくる時から薄々感じ取っていた。その時の蒙恬の顔を胡漸は思い出す。
「自分の戦略について来れる者がいる事が面白いのか、お主を見つけるといつも目が輝く」
蒙恬が自分をどう思っているかなど何も考えた事がなかった。ただ近くにいると心地よく、戦場に出れば戦いやすい。ただ互いの気が合うだけではないのだろうかと名は思った。
「ただ…蒙恬様に軽く興味を抱き生半可に関わるのは互いに良い影響は与えられぬ。今回加勢されるのは誠に有り難いが、それだけ心に留めておいてはくれぬか」
蒙恬を思うが故の言葉だと名は悟った。そして、敵意でもなく、仲間としてでもなく、それは私に向けての忠告だ。私に蒙恬殿を支える気持ちがあるのかどうか。ないなら去れとそう言いたいのだ。
「私は半端者ですよ、胡漸殿。ずっと逃げてばかりいる。ただ…確信してる事があります」
名の存在は儚く消えてしまいそうな脆さがありながらも、戦場にいる少しの違和感で視線を集める。その形容し難い瞳から僅かながら光を感じた。
「あの方はきっと、答えを知っています」
私が感じるこの居心地の良さ、何故か着いて行きたくなる彼の背中。彼に着いていけば分かるのか、同じ方向を見れば分かるのかまでは検討もつかないが、彼といればこの湧き出てくる温かい感情の理由がそこにある気がした。
「今の私では蒙恬殿を支えるのは困難でしょう。それをするにはあまりにも逃げすぎました」
「…!お主」
死闘になるであろう明日が待っているのに、吹く風は肌を優しく包み込む。
「やらないといけないことがあります。言わずとも今までのような中途半端な加勢は最後になりましょう」
綺麗な瞳だと思った。胡漸は息を飲む。しかし、強く光ったと思えば、それを隠そうとするかのように名は微笑んだ。
「絶えることない心配事の一つは解消できましたね。寿命が伸びたのではないでしょうか」
少々棘のある言葉が混ざっていることに、普段なら腹を立てるところだが、今は不思議とそのような感情ではなく、自然と笑みが溢れでた。
「お主如きで心配する程、儂は過保護ではない」
「どうでしょうねぇ」
タイミングよく蒙恬が信と王賁との作戦会議を終えて拠点に戻ってきた。不思議な組み合わせが珍しく、何を話しているのか聞いて見たが二人からはぐらかされたという。
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