落花流水
031
秦国は山陽を落とした。
名は楽華隊に配属されたままの状態で咸陽へと戻って行く。傷も回復が早く馬に乗っても振動が響くことは無くなった。
「蒙恬殿」
列の先頭にいる蒙恬の方へ馬を走らせる。その声に蒙恬は振り返った。駆け寄ってくる名の靡く髪は艶やかで綺麗だなぁと呑気に考えながら。
「私は弱虫で、幾度となく逃げてきました」
いつもの余裕めいた雰囲気が消え去り、緊張しているのか少しだけ耳が赤くなっていた。
「弱い私に終止符をうつため、少しの間戦場からは離れますが必ず戻ってきます。だ、だから…」
心の内側が読めなかった瞳からは覚悟が現れていた。空だった器に水が注がれていくように。感情が瞳に宿っていく。
「また、隣で戦いたいです。蒙恬殿の隣で」
戦前を離れるということは暫くの間会うことはない。その間の戦いでもしかしたら会えない結果になる事だって無きにしも非ず。伝えたい事はその時に言っておかないと後悔することを名は身に染みて知っていた。
「うーん、どうしよっかな…気が向いたらね」
以前自分がそう返したように彼はそれを真似て笑ってみせた。
「ふふっ。真似しないでください…私は、真剣に」
「俺もあのとき本気で言ったんだよね」
言葉を遮られ、豆鉄砲でも喰らったかのような表情をする。蒙恬は彼女の意表を突いたことに満足して微笑んだ。
「そういう事だから。気長に待ってるよ」
彼女の馬を進める速さが遅くなっていき次第に距離が離れていく。近くでそれを見ていた陸仙はこの先、彼女がこの隊に大きく関わることが容易に想像がついた。
「蒙恬様も罪な男っすね」
その会話だけ見ていた陸仙は名が蒙恬に惚れていると思った。蒙恬はそんな関係ではないと首を振り否定しているが少々顔が赤くなっている。
「名も十分ずるいから。俺がモテるって罪は帳消し」
「何ですかその謎理論」
咄嗟に笑いに変わる。互いに男女として好意を抱いてるつもりなどない。しかし、人としてここまで気の許す部下というよりはただの友として、共に戦場を駆ける戦友として居心地が良い。蒙恬も彼女と同じく、戦いの場に名が隣にいて欲しいと、そう思ったのだ。
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