落花流水
032
咸陽に戻ると論功行賞が行われ、信が正式に千人将になる事が決まった。その様子に対し心からの拍手を送る。式典のため、位の高い文官も参加しており、蔡沢の隣にいる自分の兄を見かけた。
式典が終わり、甲冑とは程遠い女性らしい衣装を着た名は戦場にいるよりもよく似合っていた。文官武官関係なく視線を送るものは多くいた。
その視線に見向きもせずに、彼女はある一方に進んでいく。式典後、信におめでとうと会って伝えたかったと心残りはあるが、それでも進んでいく。
大丈夫。大丈夫。
目的の場所にたどり着くと足を止める。
「兄上」
「…」
兄妹としてはあまりにも険悪な雰囲気に周りに居たものはその場から離れていく。元々、仲が良くないという噂が流れていたが、実際にこのような場面を自分の屋敷以外で見せるのははじめてのことだった。
「…兄上とちゃんと話がしとうございます」
「話すことなど何もないだろ。俺はもう戻る」
蔡沢が会場から去ろうとしているのに合わせ、彼は名に背を向け歩き出す。握っていた拳に力が入った。
「もう、互いに逃げるのはやめにしましょう。向き合ってください。私に。家族に」
歩き出していた足が止まる。いつもと違う彼女の言動にただならぬものを感じたのかもしれない。
「性格が真逆といえど、私たちはあの屋敷が大好きでした。しかし、現状は苦しめるものに成り果てています。苦しくて、その場から逃げたくて、私も兄上も別の居場所を求めだした」
互いに向き合っている。しっかりと目を合わせて話したのはいつぶりであろうか。一歩、名が近づけば一歩、兄は後退りする。
「原因は父上の殉死でしたね。私達を繋げていたものがなくなって、関係が拗れ始めたのは」
距離を縮めようと詰め寄る速度を早め、右手首を掴んだ。簡単に振り解ける強さだ。しかし彼は振り解こうとはしなかった。眉間に皺を寄せる。よくやる癖だった。
「私は解決ではなく逃げる事を選択しました。けどもう今日で終わりにします。兄上、私が戦場に向かうのは決して兄上への当て付けではありません。逃げ場に戦場を選び、そこで何か見つかると思ったからです…ちゃんと、もっと始めから心の内を話しておけばよかった」
名が心の内を話すのには勇気が必要だった。言葉が後半になるにつれて震えていってしまう。涙が溢れそうになるのをなんとか堪えながら。
「私を、私の存在を認めてください…唯の妹でしょ?」
お互いに憎む相手などでは決してなかったはずなのに、対立してしまったのはいつからだろうか。互いに存在を消して行動するようになったのはいつだっただろうか。それは、相手への当て付けではなく、自分が傷つかないようにするための逃げでしかなったというのに。
「…悪かった。俺は自分を守りたいがために簡単なほつれを複雑に考えてしまっていたようだ。あの家から逃げずとも、もっと簡単に解決できるはずだったんだな…」
ぽん。名の頭に男性らしい手が優しく乗った。いつもの牽制してくるような雰囲気は何処にもなく、そこにはただ兄としての彼の姿があった。
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