落花流水

036


短い休日を過ごした後は直ぐに任務へと派遣されていく。あの3人も配属された勤務地で更に強くなっているに違いない。

名はまだ咸陽にいた。

『私の隊を護衛に…?』

急遽、蔡沢は他国へと向かう用事ができて、周りにつける護衛にと名の名が上がった。最近、楚や趙の動きが怪しいという噂と関係しているのだろうかは定かではなかったが。

引けを取らずに武功を挙げていた名は知名度はあの3人に遅れをとっていたが蔡沢は十分に彼女の才能を見抜いていた。そして、その兄が自分の部下にいる。護衛を任せるには信用も実力も揃っていた。

『お前に守られるなど甚だ御免だが、蔡沢がそう仰るのだ』

眉間を寄せるのは兄のよくやる癖だった。しかし、この空間も今までのように苦しくはない。自分を変えるためにも、兄との確執を完全に取り払いたかった名は一緒に行動ができる事を喜び、その任務を引き受けたのだ。

まだ私は弱い。今のままでは楽華隊に顔向けできない。暫く会う事はないだろうが不思議と寂しさは感じられなかった。

『その前に、人に会ってきてもよろしいでしょうか』

会わないといけない人がいた。名を百人隊に任命したある人に。

「お久しぶりです。張唐将軍」

「ふむ、前よりはマシな顔つきになったではないか」

ぶっきらぼうに言っておきながら満更でもなく迎え入れたのは張唐将軍であった。大きな屋敷に張り詰めた緊張で自然と背筋を伸びる。

「改めて礼を述べたく本日は伺いました」

「儂は何もしとらぬ。門違いじゃ」

きっと戦場にでて出逢いに恵まれたに違いなかった。彼女を変えたのはその環境であり、周りで共に戦った人間たちだろう。礼を言われるのは筋違いに感じ張唐は否定する。

「私を兵士として認めてくださったのは、張唐将軍が初めてでございます。親子共々幾ら感謝しても足りる事はないでしょう」

名の父は張唐であった。そして、その縁あって尋ねてきた名も彼に世話になった。姓家に最も所縁のある将軍といえば彼しかいないだろう。

「お陰で見つけることができました。私の探していたものが」

ずっと、ずっと求めていた。自分が自分らしく入れる場所。自分を自分だと認めてくれる場所。それを見つけたから、今までの自分を変えようと思えた。

「そうか。しかし…簡単には死ぬでないぞ。あの世でお主の親父に顔向けできなくなるのでな」

「ふふっ。その点に関してはご心配なく。私はそこそこ強いですし、父上が張唐将軍を恨むなど万が一にもあり得ませんので」

彼女にしては自信に満ちた答えだった。彼はその答えに笑む。

「いい表情じゃ。これからも武功を期待しとる」

張唐は本当に彼女の父親がそう言ったかのような錯覚に陥る。目の前にいるのは父親と顔立ちは全く似ておらず、顔だけで良縁がきそうな可憐な少女だ。
彼女の性格が父親そっくりなものだから、呆れたような、どこか懐かしいような眼差しで見ていた。これからの成長を楽しみにするくらいは名に愛着を持って接していた事に本人は気がついていないようだ。

しかし、誰が予想していたであろうか。彼との会話はこれが最後になってしまうことを。

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