塩味

11


「見かけない男だったな、何しにきたんだ?」

彼と入れ違いで東堂は名前のいる教室にやってきた。自分を口説きに来ていたなんて説明したら彼は嫉妬してくれるだろうか、嫌、寧ろ嫉妬させてしまおうか…涼しい顔して黒い思考を巡らせていることを周りは全く気づいていないだろう。

荒北くらいなら、この暗い香りを嗅ぎ分けているかもしれないと名前は思った。

「尽八くんが2年の女の子に呼ばれたって、態々教えに来てくれたの」

尽八くんはどんな反応をするだろうか。
気まずい顔をして謝るのかな、女の子に告白さるたって正直に話し出すのかな。

なんか…私、焦ってる?いつもみたいに飄々とすり抜けたらいい事なのに、何で噛みついちゃうんだろ。

普段の自分を取り戻そうと、気づかれないようにクールなお面を被っていた。

「俺には名前を狙いに来ているように見えたが」

尽八くんもいつもの気さくで騒がしい雰囲気とは違って目が据わっている。紫色の瞳が私を見つめる。

「他にも何か話したんじゃないのか?」

「…別に。たわいもない話だった。すぐ帰っちゃったしね」

「そうか」

いつもみたいに巻きちゃんの話をしてくれないんだね。呼び出された女の子に何て言われたの。

言いたいことはたくさんあったけれど、タイミング悪く昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

移動教室が遠いからと、尽八くんはすぐに教室を後にした。

「淡白な味が売りのはずが、にがりが出てきたんじゃナァイ?塩ラーメン女」

「別に…全てを語る事が美徳だとは思わないもん」

惚れた腫れたなんて、どストレートに伝えられる人は眩しい。自分にはできない事だから。

名前は謙虚であり、前に出て目立つよりも、爪を隠し、控えるよう親に育てられてきた。
そんな環境で生きてきたのだ。自分は変えられない。

『苗字さんが思ってる事は正しい。何故留めておくのだ、自分の心に』

かつて彼に言われた言葉なんて、聞こえない。

prev next
Back to main nobel