塩味
13
『苗字さんはいつも残っているな。学級委員の仕事か…?』
放課後の教室で1人でいた私に話しかけてきたのは、珍しく教科書を忘れて帰ったと言う東堂くんだった。あの頃はまだカチューシャはしていなかったと思う。
『うん、コレとコレを近いうちに終わらせないといけなくて』
『結構あるな…分担すればもっと負担も減るだろうに』
『私1人でやった方が早く終わるから』
名前はそこらの中学生より大人びていた。一歩引いた場所から物事を見て、どこか冷めているようだったと当時を知る東堂なら彼女の事をこう説明しただろう。
『東堂くん。私貴方のことが気になってたのだけれど』
同じクラスだったけれど、こうやって2人でちゃんと話すのは初めてだった。前から彼に聞いてみたいことがあったのだ。せっかくの機会だからと呼び止めた。
東堂尽八は勘違いをした。”気になっている”とはつまり、異性としてという意味だと。彼は自分がかっこいいこと、女子から人気がある自覚があった。クールで冷めた感じの苗字さんも、どう抗いでも女子だ。自分に惹かれるのは仕方のないことだと悟った。
『ならんよ苗字さん。俺は誰のものにもならん。女子達が悲しむからな。君ほど可愛かったら他にいくらでも…『あ、そうじゃないの』』
話を遮り、顔の表情ひとつ変えず、バッサリと切り捨てられた。中々言い出しにくかったのか、そこから少し間が空いて気まずそうに彼女は口を開いた。
『東堂くんって、スポーツも勉強もなんでもできちゃうよね』
『うむ。それに加えてこの美形だ。神は俺に与えすぎた』
『あ…そう』
『君は本当に冷めてるなっ!』
東堂くんの印象はよく喋るナルシストだった。周りの子達は顔の良さと落ち着いて品のある動作から人気を集めている彼。
皆から聞いた話と違うんだけど、と内心戸惑いながらも本題になんとか漕ぎ着ける。
『つまらなくないの?何でもできたら』
俺を見る彼女は不安そうな瞳をしていた。助けというよりは答えを求めている様だった。
「私は…つまんない」
そう言って伏目になった。長くて存在感のあるまつ毛が大人っぽさを更に際立たせた。東堂は周りの男子が彼女についてやたらと話題に出ていた理由がよく分かった。彼女は綺麗だった。
『俺はおしゃれで忙しいからそこまで考えたことはない…何事も出来ないよりは出来た方がいいと思うが』
彼女の問いに対する答えになっただろうか。彼女は俯いてしまって、表情が見えない。何から小刻みに震えていた。怒らせてしまったのかもしれないと、加えて弁明を図ろうとした。
『勉強やスポーツより、そのビジュアルに力入れるんだね…ふふっ、面白いね』
彼女は口に手を当てて上品に笑っていた。愛想笑いも滅多にしない彼女がここまで笑っている姿を東堂は初めて見た。笑うとまだあどけなく年相応の可愛らしさがある。
『!苗字さんも何でもいい。何か一つでも熱を持てるものを見つけられたらいいな』
修作が待っていると言って別れを告げると、すぐに背を向けて教室を出てしまった。耳が赤くなっていたのは見間違いだろうか。
『何か、一つ、ねぇ』
興味関心をそそるものが今までなかったけれど、ふとこの瞬間頭をよぎったものがあった。思わず口角があがる。
『東堂くんが見てる景色、見てみたいかも』
私が東堂くんをそういう意味で気になったのはその日だったと思う。
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