塩味
02
東堂のファンなら知っているであろう苗字名前の存在。その類稀なる容姿から東堂の隣を歩く彼女として誰もが頷けるほど綺麗な顔をしていた。
「それでも私は東堂様にあんな冷たくするくらいなら、別れてほしいですよ…」
ファンクラブに入ってまだ間もない女子がそんな事を愚痴っていた。彼女が言うことも一理ある。東堂と彼女のやり取りを見ていると名前の態度があまりにもそっけない。彼の隣を望む女子がどれだけいると思っているのか。愚痴を言う女子はきっとそのような心境でいるんだろう。
「ふふ、でも…私達の入り込む隙はないんだよね…」
「えっ…でも」
あの子もこれから分かっていくであろう。二人の関係がどれほど深いものか。表面上のやり取りなどほんの一部に過ぎないことを。
そして入りいる隙など何処にもありはしない。二人を見ていたらきっとそう思わざるを得ない。だからファンクラブは名前に逆恨みなどしない。彼には彼女が必要で、彼女には彼が必要だと知っているから。
「あっ…苗字さんが登校してる」
遠くから彼女がやって来ることを窓越しから見つけることができた。そこに朝練を終えて校舎に向かおうとする東堂が彼女を発見し駆けつけていく。
「…わんこみたい」
それは尻尾を振って飼い主の側に駆けつけていく犬のようであった。何を話しているのか、殆ど東堂が喋っているのを名前が聞いているように思える。
「…ね、尽八くん」
「ワハハ!どうし…っ!!」
名前は東堂の片腕に抱きついた。腕から感じられる彼女の柔らかい感触に東堂は言葉を失う。名前から恋人らしい行動を取るのは稀なことであったからだ。
「…朝練後はやめろと言ったろ」
「馬鹿だから忘れた」
東堂は顔に集まった熱を名前に悟られぬように態々そっぽを向いた。彼女からすると照れているのは丸わかりだった。それでも彼女は気づかないふりをする。その方が面倒事が少ないからだ。
東堂からは清潔感のある制汗剤の香りがした。名前はそれが堪らなく愛おしいと思えた。
「…頭良いだろ。俺が好きならそう言え。言葉が足らんのだ。巻ちゃんといい、名前といい…」
声のトーンが下がり、いつもは甲高く喋るくせに、小言をぶつぶつと言いながらこちらを見なくなるのは東堂が恥ずかしさを隠すときによくする行為だった。
名前は校舎の方を見た。しかし、ちゃんと話を聞けと東堂に注意をされすぐに東堂の方に向きなおる。
「俺を取り乱せるのは名前くらいだよ、まったく…」
一つに結ってあるポニーテールが距離が近いからか揺れて腕付近にあたりこそばゆい。彼女は満足そうに言った。
「逆だよ」
「なんと言った?悪いが聞き取れなくてな」
ほんの僅かな本音だった。それは東堂に気づかれなくていい。口から出てしまわないように抑えていたはずなのに、名前は焦って東堂の腕から手を離した。
「…苗字さん、一瞬こっち見た?」
「まさか、ここ3階だよ?」
交際に関してファンクラブの理解があるとはいえ油断はできない。名前は上を見上げ目を細めた。
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