塩味

05


「「あ」」

声が重なったのは、共通の人から聞いていた人物としての特徴を全て網羅した人が視界に入ったからだろう。

「貴方が巻ちゃん…?」

「クハッ…間違いねぇ。名前さんッショ」

私は今クライマーが参加する大会を観戦に来ていた。その時に玉虫色の髪が視界に入ったため、この人しかいないと思ったのだ。それと同時に彼も私を見つけたため目があったのだ。

試合が終わってすぐだったため彼の身体は汗まみれだった。それがロードレースの大変さや、このレースの過酷さを物語っているように私には思えた。

ピロロロロッとずっと彼の電話が鳴っている。電話をかけてきた相手に心当たりがあった。毎日のように電話をかけている私の彼氏。巻ちゃんにとって迷惑でなければいいのだが、と私が考えなくても良いようなことまで考えてしまった。

「優勝おめでとう、巻ちゃん」

「随分と素直に言うんだな」

彼氏は自分に負けて2位だったというのに。という言葉が含まれていると私には想像がついた。それに関しては私はあまり深くは考えていなかった。

「まあ、尽八くんにとっては悔しい結果だったと思うけどね。私、一生懸命ロードをしてる人たちにとっては失礼かもしれないけど、彼しか見てないから…結果は二の次かな。本人にとって満足のいくレースだったのなら私はそれ以上は何も」

そう本音を言ってしまったら彼は軽蔑するだろうか。彼の彼女であるならロードレース自体も愛せるような彼女であるべきだっただろうか。

「レースの見方は観客それぞれっショ。俺たちは自分のベストでただ走るだけだ」

遠回しだが、それでいいと言ってくれたのだろう。心が楽になった。尽八くんが彼をライバルと認めるのは実力ももちろん認めているのに加えて、そういうところも含まれているのだろうと私には理解できた。

「けど、二人のレースに魅入っちゃったのは事実だよ…じゃあ、私尽八くんのところに行ってくるね」

「ああ、じゃあな」

ただ5分もかかっていない会話だったが実に有意義な時間だった。私は自信をもって堂々と彼の元に向かっていける。巻ちゃんはチームの元に戻ると先程話していた美人は誰だと問い詰められて大変だったことは私は知らない。

「尽八くん」

「名前…最後の最後で巻ちゃんにやられてしまったが、次は負けないからなっ!奴はこんなときでも電話に出ない薄情なライバルだ全く…」

私が慰めたことは一度もない。彼との勝負は落ち込むことではないからだ。互いにベストで戦い合えること、それに意味があるのだから。

「かっこよかったよ、尽八くん」

「ああ、知っている」

そう言いながらも名前に言われると耳が赤くなる。東堂も照れることがあるのかとチームメイトは表には出さないものの内心驚いていた。

「それよりナンパされなかったか名前」

彼女がレースに出る自分を観に来てくれるのはものすごく喜ばしいことなのだが、試合に来るたびにナンパにあう彼女の身は心配だった。いくら流されることはないと分かっていても、危険なことには変わりない。

「今日はなかったよ。巻ちゃんと話せたのが今日1番の収穫かな」

「俺の電話には出ないのにっ!ずるいぞ名前っ!!」

((嫉妬の矛先がずれてないか…?))

彼と名前以外の人の心が一つになった瞬間だと思う。


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