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「いやっ、近寄らないで、その汚い手で触らないで!」
俺はクズな男が妻がいるにも関わらず外で股の緩い女とヤッて運悪く命を宿してしまった、要は望まれなかったが産まれてしまったガキだ。なんで産んだんだか知らないが、若気の至りとかいうクソみてぇな無責任の折り重なった故であろう。ともかくこの世に産み落とされ声をあげて泣き続ける俺を、女はあろうことか同じく子供が産まれたばかりの男と妻の元へ置き去りにした。
そのまま施設に出せばいいものを、泣き続ける赤子の俺を哀れに思ったのか贖罪のつもりか、もう興味もないが。何故だか同じ時期に生まれたガキと俺、その二人は奇しくも似ていたことで双子として戸籍を偽造、そして男の棲家・・・・・・佐野家に引き取られた。
しかしマァ、引き取ったからと言ってふんぎりがついたとか、割り切っているとかではないというのが人間のサガってやつなのだろう。
最低限の衣食住は保障されているものの、俺は本当の意味で佐野家に受け入れられることはなかった。戸籍上の片割れは男と妻と祖父にただただ愛されていて、何もかも与えられる。しかし俺は違う。例えば、片割れと同じ誕生日を迎えようが俺の分のプレゼントはない。ケーキもない。おめでとうと言われることもない。話しかければ答えてくれるが、話しかけなければ無視されている。何かやろうとすれば微妙な、煩わしさを全面に出した顔をされ、片割れと俺がいないところでは喧嘩ばかり。片割れとなった少年がいるところでは家族の形を保っているが、確実にひび割れていることは事実だった。
「お前さえいなければ」
「俺を父親と呼ぶな!」
「真一郎に迷惑をかけるなよ、お前がいなければどうにかなることなんだ」
祖父は「両親」がいるところでは同じ扱いをしたが気にかけてはくれていたようで、彼らがいない時にはなにかと「これで何か買うといい」と金をくれたので感謝はしているが。形ばかりの両親からはすこぶる嫌われていたのだろう。腐った魚の目玉のような扁平な目をした男にそんなことを言われた幼きあの日を、時折思い出す。
「あなたは本当の家族じゃないの」
あの頃はまだ幼くて。嫌われている理由がわからなかったから手を伸ばそうとしたこともあったような気もする。過去の話だが。手伝おうとしたその手を振り払われて、身勝手な憎悪の滲む目で見られた日から。妻に本当のことを告げられたあの日から。なんだか媚を売るのも馬鹿らしくなってしまって。
マァ、今となってはどうでもいいことだ。

にこやかに笑って、適当に相槌を打って、都合のいい役柄の仮面を被ること。それが幼少期に佐野家で覚えた一番役に立つことだった。いい奴ぶれば他人は勝手に性根を誤認してくれる。それに気づいてからは早く。義弟が生まれて、妻が病気になって死に、男もまたふらふら歩いているうちに交通事故で死んでも、変わることはなく。祖父から何か言いたげな視線を感じることもあったが、それすら蚊帳の外だった。その顔を取り繕っていれば「優等生」と認識されて物事を置いていかれるようになっていく。それは自分の片割れとなった人間も似たようなものだった。
「慶一郎!頼む助けてくれ!」
「な、いいだろ?慶一郎は人に頼られるの好きだもんな」
「慶一郎がいるから俺も安心するわ、いつもやってくれてありがとうな」
そうやってよく押しつけて遊びに行くのを笑って見ていたが、まぁしかし。何も知らないまま笑っている人間というのを見ているのは、どこか外を向いているように感じるのはどうしてなのだろう。
「慶一郎!」
ほら、こんなふうに。
「どうしたんだ、真一郎」
「悪りぃ、今日も宿題教えてもらってもいいか?ついでにオミたちの分も・・・・・・」
不良が家を占領しているのは普通は気分の良いものではないことにどうしてこいつは気づかないんだろう。興味ないんだろうな、不良どもに持ち上げられて笑ってる不良サーの姫(男)だし。マァ、詰め寄られても面倒なので言う気はないが。
しかし、今日は。
「すまん、俺も用事があるんだ」
その言葉に、少し微妙な顔をした真一郎には無視をしてドアをバタンと閉じて牢獄のような家を出て行った。

その日は曇り空だった。
「この前さぁ、あの子の兄を名乗る男がやってきて会わせろっていうから引き合わせたんだけどさ」
「おう」
「まぁほら、僕としてはあの子が幸せになれるなら別にいいんだよ。あの子が楽しいなら別に新しく兄貴ができても?構いませんけど」
「うん」
「でも帰ってきた弟がさ、『あんなの兄貴じゃない!俺は兄さんがいい!』って泣くんだよ。もうどんだけ可愛いんだよ!って思っちゃうよなーお兄ちゃんとしては」
「へー」
「聞いてる?僕の話聞いてる?」
「お前が弟が好きなことしかわからねぇよ」
「さすが慶一郎、わかってるぅ!」
「はいはい」
はらはら柔く降り積もる瑞花の華を閉じ込めたようなセミロングはふわふわしていてどこか甘く溶けそうだった。透き通るような白の柔肌は真珠のように淡い光沢がきらきらしたまろさを醸し出していた。蕾が朝露に混ざって開花したような瑞々しい印象を抱かせる小さな白い顔。髪と同色の睫毛がゆっくりふせられるたびに星が散りばめられたようで、その睫毛に縁取られた柔和で闊達な印象を抱かせるが目を逸らせなくなるような目眩く艶美の結晶の青紫陽花色の瞳は美しかった。つんとした小さな鼻梁とほろほろ溶けそうな桃色の唇が幼くも儚い御伽噺の眠り姫のような印象を抱かせる。それこそ、本当に塔の最上階で糸車に指を刺して眠る、いばら姫のような麗しさ。日本人離れした彫りの深い顔立ちと、しゃんと伸ばされた雌鹿のようにしなやかでビスクドールのような精密さのある体躯が異国情緒を引き立てており、余計にそんな浮ついた感想を現実じみたものに仕立て上げている。そのからからと華やかに笑う姿はまるで白蘭のような匂い立つ存在感があるのに、艶やかで蕩けるような秋の夜長の雰囲気を纏う様はどうしようもなくエキゾチックで。けれどそれ以上に目を離せばふっと消えていなくなりそうな儚さと危うさがあった。
うつくしいと思う。公明で高潔な由緒正しい貴族の屋敷に、大切に仕舞い込まれていた宝石。東洋に放り込まれた煌めき色づく真珠。人より優れた容姿をした、極めて人に近い何か。こうして話している間にも小さく目を見開いてから溶けるような恍惚に身を任せたようにやに下がり、うっとりとした熱を帯びる溜息が音を立てて聞こえてきそうだった。それにウゼェなと思わなくもないがそこら辺はぐっと堪えるしかない。
マァ、ともかくそんな印象を受けるけれどにかっと笑って万華鏡のようにくるくると変わる表情を見ているとそんな感覚すらふっとんで「こいつがこんなに笑ってくれるなら得難いものだ」と思うのだから、不思議なものだ。
「おい慶一郎?聞いてるの?」
玲瓏たる中性的な声が耳に届いて、反射的に小さく頷く。するとじとりとした視線がまっすぐ俺を射抜いてくるのが、どこか擽ったくてそう感じる自分も可笑しくなる。この名前の意味と同じ、真珠を思わせる美貌の親友がここまで感情を剥き出しにするのが珍しいと知っているからかどこかこそばゆい感覚を覚えてしまうのは仕方ない事だろ?そうだ、俺だって人間だもの。
ふは、と息を顰めて笑う。こてりと首を傾げて見せたその花の顔に、冗談混じりに声をかけた。
「聞いてるさ。ただ、お前が今日も美人だなと」
「オイオイやめろよ、こんな顔だけど僕は男だぞ?」
「お前こそ、そろそろ慣れろよ。反射みたいなモンだ、気にすんな」
「・・・・・・それもそうだね。別に今更気にすることでもない、か」
やけにあっさり引き下がる彼にそれでいいのか、と思わなくもないが。それでさ、と中断していた話を始める彼が楽しそうなのでマァ、いいか。そう思ってしまうのはこの男の魅力だなと思う。
根明で素直、馬鹿がつくほどのお人好しなのに中立中庸で、かと思えば芯がある。好きなものは青空と弟。その中でも弟が大好きで、もう11にもなる弟に対していつまでもブラコンが抜けきらない。両親がいなくて、明らかに異国の血を引いていることがわかる容姿から弟と共に遠ざけられているが仕方ねぇさと笑っている。施設に預けられているけれどそろそろでられるから、と弟と暮らすためにバイトを掛け持ちして独立資金を貯めている苦学生。そして俺のような男のことを親友と呼んで憚らない、馬鹿な奴。
こんな面倒くさいことが山積みの男と親友と呼ばれても全く気にせずそうだなと返せる気のおけない仲になったのはいつのことだったか。たまに考えることもあるのだがどうしてこんなふうに仲良くなったのかなんて考えるのは、とうの昔にやめてしまった。それすら無駄だと思うくらいには、こいつとこうやってくだらない話をする日々が気に入っている。
「慶一郎」
「ん?」
しゃらしゃらと音が鳴るように睫毛が瞬く。遠くに光る月が昇る時のような柔く灯る明るい微笑みにそっと口元を緩めた。気が緩んだ瞬間に「えいっ」と声がして。かちゃ、とアンダーリムの眼鏡が小さく音を立てる。ズレていた眼鏡がそっと戻った。
「しし、君も案外ズボラなとこ、あるんだな!」
悪戯が成功した子供のような顔が、あまりに幼くて。艶やかで儚い美貌とはアンバランスなその笑顔が、どうしようもなく眩しかった。
両親が本当の親でないことを気づいたその日から。都合のいい顔をするようになって喜ばれるようになった日から。周りが自分の本音に気づかないままのこの状況で。この世にうつくしいなんてもの、ないのだと思っていた。それは全てまやかしで、何もかも嘔吐してしまうような醜悪で下品で下劣な本性を隠し持っているだけなのだと。
それなのにこいつは、どうしてこんなにうつくしいのだろう。どうして、こんなに泣きたくなるほどに、愛おしいのだろう。
「・・・・・・ペルラ」
名前を呼ぶ。男、ペルラはうん?と優しく聞き返してきた。なんだか腹が立ったので、先程から曇り空が晴れ間を見せたことを指摘すれば、嬉しくてたまらないことがあった少女のように微笑んだ。
「さいっこうじゃん!」