【語録】






【語録】
山田浅右衛門
江戸時代から明治にかけて実在した御様御用、刀の試し切りを死罪の決まった罪人で行う役職を代々務めた一門の当主の名前。死刑執行人としての側面も持ち、又の名を人斬り浅右衛門。
明治には絞首刑による死刑が一般的となったために表世界から姿を消したものの、当時の呪術界との関わりも持っていたその世代の当主と呪術界の上層部との密約により規約を破った呪術師、呪詛師、呪いに侵され戻れなくなった者、特級過呪怨霊に呪われた者の死刑を執行する者として呪術界に組み入っていくことになる。元々此岸と彼岸を決める薄暗い立場を持っていたため呪術に適応する者も多く、呪術界の死刑執行人として、呪術師として明治期から頭角を表す。
山田家は刀を扱う呪術師が多いことにもその死刑執行人としての側面が表れていると言えよう。
そして山田浅右衛門の名を冠する当主は先代当主である者に見出された数名のうち、誰よりも静かに首を斬れる者であることは勿論、代々当主に与えられる妖刀に選ばれた者でなければならない。
選出の儀については、秘匿されている。

妖刀叢雲(*オリジナルの刀です。本当には存在しないので注意)
山田浅右衛門を受け継いだ者のみが触れることを許される、本物の妖刀。切れ味の良さと力強さ、覇気を感じさせる打刀であり、この刀欲しさに山田一族の屋敷に忍び込んで精神を病んだ呪術師もいる。それほどの魅力を持つ刀であり、あまりの切れ味と魅了に千子派の祖である千子村正の作品では?と噂されることもある。真相は不明。
刀が魂を宿している。それも人の首を斬ること、とにかく人を殺すことを望んでいる刀であり、なんの鍛錬もしていない者が持っているだけで殺人衝動に駆られる洗脳を施され刀の言いなりになってしまうため叢雲に選ばれ、それを御することができる者でなければ当主にはなれないと断言されている。しかしそれを御して使いこなす者だけが、どんな呪術を使う者/呪術に取り憑かれた者でも相手取ることができ斬首刑を行うことができるという実績の証明でもあるとされる。
当代の山田浅右衛門である佐野慶一郎の術式とは非常に相性がいいらしい。